FC2ブログ
俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
プロフィール

俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
雪山は2011年1月、
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



最近の記事



最近のコメント



最近のトラックバック



月別アーカイブ



カテゴリー



ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる



ブログ内検索



RSSフィード



リンク

このブログをリンクに追加する



不動湯
DSC01334.jpg DSC01338.jpg  (写真はクリックして拡大してください)

 4日前の茨城・袋田の滝近くの月居温泉に引き続き、皮膚疾患に効くという
富士山麓の「不動湯」を訪ねた。
まずはブログ友人キレンゲショウマさんのレポで注目していた富士山世界遺産センターへ。
入館して初めて気付いたが「富士山世界遺産センター」は全く同名称で二つある
ということだった。
私の訪れたのは山梨県(河口湖町)の施設、キレンゲショウマさんのレポは
静岡県(富士宮市)の施設であった。

DSC01335.jpg DSC01331.jpg DSC01336.jpg

 館内では 和紙で創られたシンボルオブジェの下部空間に 富士山の誕生や
信仰の歴史が展開されていたが、自然遺産ではなく文化遺産ゆえの難しさが窺がえた。



 湯治の宿不動湯へ向かう途中、昔懐かしい忍野八海に立ち寄った。60余年ぶり。
かっての原野と野菜畑にまばらな人家が点在、素朴な風情を漂わせていたこの湧水群は
まったく見る影もないコンクリートに埋もれ、大陸からの観光客の溜り場となってしまっていた。
 伏流水のみが昔と変わらない透明度を保っていたが、その底には
無残に光る硬貨が沈んでいた。 とてもとても自然遺産には登録されそうも無い。
三島市内を流れる柿田川湧水群のバイカモを眺めて歩くほうがはるかに癒される。

DSC01344.jpg DSC01343.jpg DSC01345.jpg 忍野八海



 杓子山(1590m)に向かう凍てついた林道の中腹に 目指す「不動湯」があった。

DSC01351.jpg DSC01350.jpg 不動湯

 腐らない不動尊湧水として知られた不動水は 浴用だけでなく飲用効果も著名で
平日でもそれなりの湯治客が訪れていた。

DSC01349.jpg 治療用浴槽

 「月居温泉」と「不動湯」、いずれもこの辺鄙な湯宿では 如何に身体に良いから
と Mei親子に勧めても、なかなかその気にはならないだろうと思った。
「誰かさんのような閑人じゃないのよ」という妻のつぶやきが耳に残る。

(2018.2.9 富士山麓)










袋田の瀧
DSC01309_20180210111926e35.jpg

[READ MORE...]
和紙の里
 旧臘から年明け連休10日まで 忘年会・趣味の納会・旧交を温める集いなどで
年を締め、長男一家・次男夫婦の泊りがけの来訪・初詣・新年会と
ひと通りの楽しい行事が一段落、久々に都心へ出かける妻を最寄り駅へ送り
ひとり秩父方面へ。

 埼玉県唯一の村 東秩父村の和紙の里を訪れる。
奥武蔵の大霧山の登山口に近く、ゆずの産地でもある。
1300年の伝統を持つ日本の手漉き和紙技術が2014年、石州半紙・本美濃紙・
細川紙の三紙がユネスコ無形文化遺産に登録され、
この地の楮100%の「細川紙」も広く一般に知られるようになった。

DSC01302.jpg DSC01301.jpg 和紙の里 (写真はクリックして拡大してください)

DSC01293.jpg DSC01296.jpg 楮100%

DSC01299.jpg DSC01297.jpg 保存されている昔の「紙漉きの家」

DSC01304.jpg 和紙の切り絵(ゲルニカの模写)


 和紙には幾つかの想い出がある。
着物姿が身についていた祖母の胸から覗く懐紙入れが柄物の和紙で創られていたし、
彼女の部屋に置かれた電気行灯の張替えを手伝った時も和紙だった。
また叔父の賀状や近況報告は常に和紙であり、 触発されて若い頃私も使ってみたが、
私の文字では全く様にならず汗顔の至りであった。
いまでは老舗の湯宿から届く便りも和紙は使われていない・・・。

 我が家の在庫を補充するとともに 中学生になった孫娘Meiの好きそうな和紙の
小品を求め、帰宅。

IMG_3604.jpg photo by Meiママ











岳と花 Ⅺ
P1010345_20171209155454d79.jpg   と  2009_0303節分草0001  (写真はクリックして拡大してください)

 毎年末、その年の山行を振り返る「岳と花」も11回目。
ここ1~2年に引き続き 今年も高嶺を歩くことはなかった。
「岳と花」というタイトルなのに 「岳」行が無くなり「花」よりも「湯」の写真が
多くなってしまった。

 若い頃から山の画文集が好きだった私は、
かって年に一度くらいは己の山行を画と文で綴りたいと考えたこともあった。
が、わずかに絵心があってもキャンバスに具象化する画才の無い自分には
難しく断念、いまだに写真ブログのままとなっている。
この分野は私よりも表現力豊かな孫娘Meiに期待するのみ。


2017年 抜萃

湘南二宮の吾妻山 (1.17)
DSC00800_20171209162107976.jpg DSC00809_20171209162227ceb.jpg DSC00798_20171209162312a5f.jpg DSC00811_20171209162400be8.jpg

秩父芦ヶ久保の氷柱 (1.22)
DSC00829_20171209162639c80.jpg DSC00833_201712091627297ce.jpg DSC00834_20171209162812837.jpg DSC00832_20171209162856cd7.jpg

残雪の魚沼・坂戸山 (4.28)
DSC01033_2017120916310664c.jpg DSC01028_20171209163216772.jpg DSC01030_2017120916330429b.jpg DSC01048_20171209163350998.jpg

西伊豆・暗沢山 (6.16~17)
DSC01061_20171209164109771.jpg DSC01101_201712091642167f0.jpg DSC01091_201712091643304ef.jpg DSC01071_20171209164410169.jpg

妙高・小谷林道 (8.23~24)
DSC01134_2017120916471129a.jpg DSC01138_2017120916480522c.jpg DSC01145_201712091648561e6.jpg DSC01127_20171209164942175.jpg

栃木・大谷石採石跡 (9.22)
DSC01180_201712091651565d1.jpg DSC01169_20171209165303047.jpg DSC01171_2017120916534535b.jpg DSC01155_20171209165430a1d.jpg

青森の紅葉 (10.20~22)
DSC01241_20171209165639bdd.jpg DSC01233_20171209165753b83.jpg DSC01239_2017120916583046b.jpg DSC01229_20171209165912577.jpg
DSC01246_20171209170007f5c.jpg DSC01258_201712091701167e9.jpg DSC01262_20171209170153c04.jpg DSC01260_20171209170233a71.jpg

山梨甲府・昇仙峡 (11.8)
DSC01266_20171209170422e91.jpg DSC01267_2017120917050293a.jpg DSC01275_20171209170540ad2.jpg DSC01263_20171209170615c7b.jpg





北アルプス 想い出の峠道
 山の鞍部でも登山道上の「乘越」とは異なり、集落と集落を結ぶ
尾根越えのいにしえからの生活道であった峠。
 登山や山旅の途上で歩いた峠を 先達の山行記や炉辺話とともに
想い出すことが多くなった・・・。

ザラ峠
2007_0721薬師岳縦走0021 2007_0721薬師岳縦走0020
立山連峰の尾根越えの峠
獅子岳と五色が原の鞍部に位置する越中から信濃への2つの峠のひとつ 標高2,342m。
古くは戦国武将佐々成政の峠越えの伝説で知られ、近くは立山カルデラの崩壊がすさまじく
著名な立山温泉を廃湯にした赤ザレの崩壊壁が荒々しい。
鬼岳と獅子岳の白い雪渓を降ると 新緑の草原を拡げる五色ヶ原への鞍部に
立山カルデラの赤壁が印象的であった。(月別アーカイブ2007年8月記)
歴史ロマンの漂う峠


針ノ木峠
DSCF1518_20171209172718199.jpg DSCF1521_20171209172756938.jpg
後立山連峰の尾根越えの峠
針ノ木岳と蓮華岳の鞍部にある越中から信濃に抜けるもう一つの峠 標高2,541m。
信州側は扇沢に降る大雪渓、越中側は黒部湖へ続く石ゴロの沢路。
夜は大町の灯がきらめき、反対漆黒の針ノ木谷は星が美しかった。(2007年9月記)
白黒の対比が際立つ峠


徳本峠
P1020953_20171209173711f4f.jpg P1020970_2017120917375033d.jpg
島々から上高地へ抜ける古道
霞沢岳と大滝山の鞍部に位置し 眼前に穂高の岩峰が立ちはだかる峠 標高2,140m。
W.ウェストンにはじまり釜トンネルが開通するまで 幾多の岳人に語られてきた著名な峠。
この峠から眺める穂高・明神の岩峰群と細く光る梓川の一筋が 誰しもの脳裏に刻まれる
勝地であった。(2011年9月記)
陽の移ろいを忘れ 佇みながむ峠


野麦峠
P1030017_20171209174747ce2.jpg P1030022_20171209174823901.jpg
乗鞍岳と鎌ヶ峰の鞍部に位置する古道、飛騨(高山市)と信濃(松本市)を結ぶ 標高1,672m。
「女工哀史」に語られる淋しく物悲しい峠。
この地では クマザサの実を野麦という。
ススキが初秋の風に揺れる峠の旧道は 歩く人もなく、新道を車で走り抜ける人ばかりであった。(2011年9月記)
寂しさばかりが胸に迫る峠












 

















 













吊るし柿
 立冬となると 吊るし柿の季節。
初冠雪や霧氷の高嶺で 小屋締めを控えた営業小屋での一夜を楽しみ、
下山すると 麓の集落では この絨毯が落日を浴び、金色に輝いて
いたものだった。

               DSC01263.jpg (写真はクリックして拡大してください)

 11月初めに山梨県の雁坂みち近くまで 甲州百匁(百目)柿を求めに行くのが
我家の恒例となって5年近くになる。
この甲州百匁柿、ひとつ400g~500gと大きく見栄えが良いが
渋柿故に東京周辺には出回らない。ほとんどが地元で消費されてしまうようである。

DSC00679_20171110132615641.jpg DSC00684_201711101327042ce.jpg 甲州百匁柿



 毎年、帰途は晩秋の広瀬湖や川上牧丘林道などの秋模様を車窓に楽しむが、
今年は妻も一緒だったので、昇仙峡まで足を伸ばし 奇岩の渓流を散策。

DSC01266.jpg

DSC01275.jpg DSC01268.jpg DSC01267.jpg
覚円峰                      仙娥滝

 それぞれが60年以上もの昔 この景勝地を訪れた子供の頃の話で振り返る。
往時は東京からは日帰りできる距離ではなかった。


DSC01282.jpg 100個を超える皮を剥き 熱湯にくぐらせ
                ヴェランダに吊るす

(2017.11.8 甲州百匁柿を求めて)


青森へ
 稜線に向かってのびあがるダケカンバの白木やブナの黄葉が 落陽に映えるこの季節、
旅情は北へ北へといざなう・・・。

DSC01241.jpg DSC01257.jpg 写真はクリックして拡大してください

 北の街、青森は紅葉真っ盛り。
八甲田山麓は彩々の色が弾け、綾錦の衣を拡げていた。
平野部では 刈入れの終わった田の稲わら焼の煙があちこちで立ち昇り、
真っ赤なナナカマドの街路樹を包み込んでいた。
 北の友人T氏夫妻と青森空港で待ち合わせた2泊3日の旅。

 旅の計画は 青森空港からレンタカーで
八甲田山麓ランプの宿青荷温泉(泊)~八甲田田茂萢岳~ねぶたの館(ワッラッセ)
~岩木山麓アップルロード~嶽温泉(泊)~白神ブナの森~十二湖(青池)
~三内丸山遺跡~青森空港 であったが、
最終日は 台風の影響で航空便の欠航が予想され、札幌へ帰るT氏夫妻、
羽田へ帰る我々も夜の最終便を午前に変更したため、ブナの森白神山地は
歩けなかった。

ランプの宿  青荷温泉

DSC01231.jpg DSC01239.jpg DSC01223.jpg DSC01233.jpg
                                離れに泊まる      部屋のランプ  

DSC01236.jpg IMG_3438.jpg     DSC01225.jpg DSC01229.jpg
                津軽三味線の演奏    単純泉 源泉47度掛け流し


強風のため 八甲田ロープウエイは運休、山麓の城ヶ倉渓谷を楽しむ

DSC01242.jpg DSC01241_2017102313365448d.jpg

ねぶたの館「ワ・ラッセ」で太鼓を叩き 跳ねる

DSC01245.jpg DSC01246.jpg DSC01252.jpg
遙か30年もの昔、津軽塗の下駄を買い 跳人に参加した妻も 今は太鼓を楽しむのみ


岩木山麓アップルロードで捥ぎ立ての林檎を求める

DSC01257_201710231348341bd.jpg DSC01255.jpg DSC01258.jpg


嶽温泉(マタギ飯の宿)

DSC01260.jpg DSC01261.jpg DSC01262.jpg
硫黄泉(濁り湯)源泉48度 掛け流し

 
 八甲田山麓と岩木山麓の紅葉と源泉掛け流しの湯にたっぷり浸り、
津軽三味線とねぶた囃子に耳をそばだて、林檎と山の恵みを味わった旅となった。

(2017.10.20~10.22 青森で遊ぶ     写真は拡大してください)

 妻と白神山地を歩き 岩木山に登ってから はや30年が過ぎた。最近では
3年前の秋に北八甲田の峰はひとりで歩いている。(月別アーカイブ2014年10月記載)


 












奥土湯温泉
 このところ疲れ気味で腰痛を気にしている妻の慰労のため
立ち湯が可能な湯量豊富で源泉掛け流しの湯へ・・・。
東北地方の伝統こけしの産地のひとつ、福島県の奥土湯温泉を
訪れる。

DSC01187.jpg DSC01190.jpg 土湯温泉(写真はクリックして拡大してください)

 吾妻山系の高湯、姥湯、白布や安達太良山系の土湯、野地、幕川などは
よく訪れる東北南端の湯群である。
ここ土湯温泉は 2011年の東北大震災のおり、いちはやく多くの
被災者や避難者家族を受け入れたが、その後の反動が大きく、
廃業した湯宿やこけし工房も多く 何ともやるせない想いであった。

DSC01208.jpg 濃いピンクのダイモンジソウ

 いつものように東北道福島西ICから磐梯吾妻スカイラインへ向かう途中の
農産物集積・販売所で季節の旬の果物を求め、新そば10割の手打ちそばを味わい、
ガスの渦巻く土湯峠でしばし憩う。
紅葉にはまだ一ヵ月早い。

DSC01193.jpg 峠から安達太良山系 箕輪山を臨む

 天候不順のため 早めに宿で休み、立ち湯でゆっくり身体をほぐす。
東北の立ち湯では 蔵王山麓の峩々温泉、高松岳近くの秋の宮温泉などの
深い湯も楽しんだことがある。

DSC01195.jpg DSC01194.jpg DSC01200.jpg
奥土湯 川上温泉 湯の深さ1m30cm 60度 源泉掛け流し

DSC01203.jpg 山中で採取した「冬虫夏草」の標本が並べられていた

 川の瀬音と雨の音が夜中続いていた。
雨の翌日は 山中の男沼や女沼の散策を取りやめ、
妻の友人から頼まれた「新そばのむきみ(そば粥用にカラだけ取った
粒状のそばの実)」を求めて 裏磐梯から会津へ。

DSC01210.jpg

 米どころ 会津盆地では黄金色の稲穂が 雨に濡れ重たげに頭を垂れていた。

(2017.9.27~9.28  湯治)












大谷石地下採掘場
DSC01180.jpg DSC01181.jpg DSC01166.jpg (写真はクリックして拡大してください)


 栃木県宇都宮市大谷町、大谷石の里に残る採掘場跡地を訪れた。
まだ 日本列島の大半が海に沈んでいた頃、砂と小石と火山灰が凝固したのが
この大谷石の成因と言われている。

DSC01171.jpg 機械堀りの痕

DSC01164.jpg DSC01169.jpg DSC01170_20170922155824c83.jpg

 広大な地下採掘場の空間は 地中深さ30m、広さ2万平方m、温度8度。
映画の撮影舞台としてよく知られ 能や音楽コンサートもよく催されている。


DSC01155.jpg DSC01159.jpg


(2017.9.22)

 




雨飾温泉と妙高・小谷林道
 無聊の日々を絶ち 日本海側新潟県糸魚川市へ。
常念岳など安曇野から峰々を眺めて走る糸魚川街道が好きな私は、
安曇野ICで高速道を降り、大町 白馬を過ぎ小谷温泉、姫川温泉を右に
蓮華温泉を左に分けて 根知谷入り口から根知川を遡り、
標高900m 雨飾山の北の登山口 雨飾温泉(梶山新湯)に宿をとった。

 いまは 毎冬10m近い豪雪に耐える頑強な施設となっているが、
50年以上もの昔 訪れた時は 藁葺きに板囲いの湯が中心の湯小屋だった。
かっての内湯は露天風呂に・・・、現在は男女別の内湯もつくられていた。
(写真はクリックして拡大してください)

DSC01131.jpg DSC01132.jpg 雨飾温泉 豪雪に耐える構造

DSC01129.jpg 山荘正面 北側に鬼ケ面山(1591m)

DSC01125.jpg DSC01127.jpg 都忘れの湯 この露天風呂がかっての内湯

DSC01123.jpg 内湯 重曹泉 源泉55度掛け流し

 近年 雨飾山(1963m)へは 南側 小谷温泉からの登山者が多いようで
私も6年前の秋、紅葉を求めて小谷温泉側から 
この峰を歩いたことがある(拙ブログ月別アーカイブ2011年10月記載)
 こちら北側、雨飾温泉の今宵の宿泊者は 高校生団体11人、中高年単独行者2人、
登らず懐かしの湯を楽しみに来た私を入れて13名のみ。

 深夜 星空が美しかったのに 早朝は生憎の雨。
西方に雲の切れ間が覗く頃になって 皆 薬師尾根へ向かっていった。
傘寿までは頑張るつもりですと 昨夜語っていた大阪在住の同年輩の老人が
途中断念して下山してきたので、糸魚川市へ向かう街道のバス停まで送り、
今回の旅の目的のひとつでもある 学生時代の想いで残る妙高小谷林道へ。

 この小谷村と妙高市笹ヶ峰を結ぶ林道は 昔から 崖崩れや倒木などのため
始終不通で 8~10月の2~3カ月しか車では通行できない。
小谷温泉~金山登山口~乙見山峠~笹の平~火打山登山口~笹ヶ峰牧場
と走る。

DSC01134.jpg 小谷温泉山田旅館を望む(拙ブログ2007年8月記載)

DSC01135.jpg 金山登山口

DSC01137.jpg DSC01138.jpg
乙見山峠          乙見湖と笹ヶ峰を望む

DSC01140.jpg ニグロ川支流

DSC01141.jpg DSC01142.jpg DSC01143.jpg
                                  乙見湖に注ぐ真川

DSC01144.jpg DSC01145.jpg 笹ヶ峰牧場
                           (笹ヶ峰と火打山登山は 月別アーカイブ2008年1月に記載)


 雨模様の乙見山峠は 眺望に欠けいささか残念。
赤茶けた崖と緑に縁取られた悪路の林道を 想い出を拾いながらのんびり走る。
赤土がうねり溝が深く抉られ水の流れていた林道は 昔と異なり
砂利がまかれ景色を楽しむ余裕さえあった。
 林道の遙か下を流れるニグロ川、昭和30年代後半でもその名はニグロ、
不思議だった。
往時 笹ヶ峰、火打山登山口の明星小屋で5日間ほどの合宿をした。
山岳部でもワンゲルサークルでもない文系のサークルであったが、
妙高山へは大倉乗越の通過と 火打山では雪渓での注意を教えてくれた
先代の明星小屋のご主人からは シャクナゲの枝で手作りしたパイプを貰ったことが
懐かしい。

笹ヶ峰から赤倉温泉、燕温泉と巡り、上信越道から帰宅。

(2017.8.23~8.24懐かしの湯めぐり 走行距離800キロ)







    


















羽生水郷
 海洋国家日本のなかで 奈良・滋賀・岐阜・長野・山梨・群馬・栃木
そして私の住む埼玉の8県が海に接していない いわば海の無い県である。
県北、利根川近くの羽生水郷にある「さいたま水族館」は
淡水魚ばかりを展示している個性的で小さな水族館。
埼玉の母なる河川、荒川をモデルに 上流域(イワナなど)、中流域(ウグイなど)、
下流域(アオウオなど) 約70種が展示されている。

 孫娘がまだ幼児の頃など 過去何回か訪れているが、
周辺の水郷公園の散策を兼ねて十年ぶりに訪れた。
ニッコウイワナ、ミヤコタナゴなど 日本的な美を楽しんだ後 水辺を散策。
「ミズカンナ」という珍しい外来種(アフリカ・北アメリカ原産)の湿生植物に出遭う。
その葉がカンナの葉と似ていることから名付けられたという。

DSC01114.jpg DSC01115.jpg ミズカンナ

羽生水郷の水辺

DSC01111.jpg DSC01116.jpg DSC01113.jpg


(写真はクリックして拡大してください   2017.7.9)