俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
プロフィール

俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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甲州百匁柿
DSC00686.jpg 吊るし柿    (写真はクリックして拡大してください)

 日本の晩秋の風物詩のひとつ、登山口に近い農山村に見られる黄金色のすだれ・・・
軒下で 夕陽に赤く 金色に輝く絨毯は、下山後の昂揚した遠い日を想い出させて
くれる。

 5年ほど前から我が家の恒例行事ともなった秋の吊るし柿作り。
昨年末、お裾分けした友人たちからの絶賛の声に押されて今年もと、
大粒の渋柿・甲州百匁柿を求めて 山梨・塩山まで走り、
ひと粒 400~500g、80個ほどを購入。

DSC00678.jpg DSC00679.jpg 甲州百匁柿


DSC00684.jpg 1個 約500g



 帰途、雁坂みちを走り、かって歩いた乾徳山や西沢渓谷周辺を懐かしみ
広瀬湖畔を散策した。

DSC00681.jpg DSC00682.jpg DSC00683_201611051516139dc.jpg
広瀬湖畔

(乾徳山 月別アーカイブ2009年11月記、西沢渓谷 月別アーカイブ2012年4月記)
(2016.11.4)


奥裾花
DSC00634.jpg DSC00636.jpg 伝説の谷から一夜山を望む
(写真はクリックして拡大してください)

 信州安曇野から白馬村を経て日本海糸魚川市へ抜ける「糸魚川街道」と
長野市から野尻湖を経て日本海上越市へ抜ける「北国街道」に挟まれた
北信五岳(戸隠山 飯縄山 黒姫山 斑尾山 妙高山)や頸城山塊(火打山
金山 雨飾山など)の峰々を縫う林道に 若い頃歩いた2ヵ所の勝地がある。

 ひとつは 小谷温泉から乙見山峠を越えて笹ヶ峰牧場・妙高高原へ抜ける道。
もうひとつは 白馬村から奥裾花の渓谷と湿原をめぐり 僻村伝説の里・
鬼無里(きなさ)を経て 大望峠を越えて戸隠高原へ抜ける道である。
後者 奥裾花は 30年ほど前に「日本の秘境100選」にも選ばれている。
(月別アーカイブ 2016年5月記:閑居(100選))

 この奥裾花の紅葉と戸隠の新そばを味わいに 秋の小さな旅を妻と楽しむ。
2016.10.19(水)浦和~長野~鬼無里~奥裾花~戸隠(泊)
     10.20(木)戸隠~小布施~上田~美ヶ原~岡谷~浦和

 長野市から裾花川に沿って白馬村へ抜ける国道406号線を鬼無里まで。
長野冬季オリンピックのため白馬村まで道路が整備されたこともあって
ここ鬼無里も随分と町になった。
 50年以上もの昔、訪れた時は里じゅう村社で満ちた集落というイメージが
残っている。
この里から さらに裾花川源流 行きどまりの奥裾花への道では
数軒だけの集落の佇まい 個々の家の造りなど その静けさがうれしかったし、
細くうねって流れる渓谷と相まって 山の懐にしっかりと抱きかかえられた
感じが好もしかった。
しかし ちょっと陽光が翳ると一気に淋しさが募るような眺めでもあった。

DSC00611.jpg DSC00613.jpg DSC00615.jpg
裾花川渓谷の秋

 来し方に想いをいたすと 様々な形で失われてしまったものを感じ、
残されたもののみが凝縮されていることに改めて気づく。
陽気な妻とトレッキング道を彩る景観に それぞれコメントしながらも
互いに意識する。

DSC00618.jpg DSC00626.jpg DSC00620.jpg DSC00627.jpg


DSC00621.jpg DSC00623.jpg DSC00625.jpg 花と渓と池

 鬼無里の春祭りが終わるこ頃、この奥裾花は水芭蕉を愛でるトレッカーで
賑わうが、錦秋の平日はまことに静かだった。


 
 鬼無里の祭屋台、木地を生かした「一木彫り」による透かし彫りが見事。

DSC00629.jpg DSC00631.jpg DSC00632.jpg 祭屋台



 新そばに舌鼓を打ち、峠を越えて戸隠へ抜ける山道に入る。
大望峠で小休止。

DSC00636_2016102116272983f.jpg DSC00634_2016102116281411d.jpg 大望峠

 北アルプスの雄大な眺望は雲で得られなかったが、この峠を越えると
戸隠神社宝光社である。

DSC00637.jpg DSC00638.jpg 戸隠中社

 中社に詣で さらに奥社に向かう。
さすがに景観と味覚を味わう旅行客で賑わっている。


DSC00640.jpg DSC00646.jpg     DSC00656.jpg DSC00652.jpg
奥社の森

DSC00642.jpg      DSC00645.jpg 奥社の杉並木


DSC00651.jpg DSC00644.jpg 奥社と修験の峰・戸隠山を仰ぐ

 5~6キロの秋道を愉しみ、その日は中社の宿坊へ。

DSC00639.jpg 宿坊


 翌日は まだ「美ヶ原」を歩いたことがない妻に高原美をと・・・、
美ヶ原公園西内線を登り、牛伏山周辺を散策、 ヴィーナスラインを降り
岡谷・諏訪湖を経て帰宅 小さな旅を終えた。

DSC00659.jpg 白樺の林

 四季それぞれに独特の美を表現する白樺林は いかにも女性好み。
私は同じ樺でも岳樺の雄々しさの方を好む。秋の彩りと冬の逞しさにその違いが現れるが
単に 山を歩く者の偏見かもしれない・・・。

DSC00661.jpg DSC00663.jpg 色づき始めたカラマツとサルオガセ

DSC00664.jpg DSC00665.jpg DSC00672.jpg 美ヶ原

DSC00666.jpg DSC00667.jpg DSC00670.jpg ヴィーナスラインの紅葉

DSC00673.jpg 諏訪湖


 昔の交通の要所で伝説の里・鬼無里は町なかは大きく変わったものの
集落ごとの村社は地元の方々に守られ、かっての雰囲気が残されていた。

(2016.10.19~20 ドライブ&トレッキング 走行距離720キロ 歩行距離12キロ)








































八海山山麓
DSC00599.jpg 八海山RW   (写真はクリックして拡大してください)

 新潟県中越周辺は晴れ間が覗くとの気象予報に 米どころ南魚沼地方の
秋の風情と味覚を求めて、妻とドライブに・・・。

 榛名山・赤城山・谷川岳を車窓にやり過ごし、越後三山の一つ 八海山の麓まで走る。
風が無く、岩ゴツの八海山八峰は雲が垂れ込め 麓からの眺望はかなわなかった。
登山装備は身に着けずロープウエイで四合目(1150m)へ。

DSC00601.jpg 雲で佐渡島は見えず

DSC00603.jpg 女人堂への登山道

DSC00604.jpg DSC00609.jpg 魚野川流域に広がる米どころ

DSC00606.jpg DSC00607.jpg 鐘と避難小屋

DSC00608.jpg 八ッ峰への道

DSC00610.jpg 紅葉はこれから


 その後、浦佐・小出・小千谷まで足を伸ばし、刈入れ後の静かな田や鈴なりの小粒の
柿の木 そして はや冷たさを感じさせる清流の岸辺に揺れるすすきに秋を感じながら、
その土地土地の銘品を買い求め、帰宅。



P1000099_20161014113815689.jpg (2016.10.13 ドライブ(走行距離530キロ))













初秋
孫娘(Mei)の運動会

14495480_583920111733137_561753348565859923_n.jpg IMG_2713.jpg  (写真はクリックして拡大してください)

 たったひとりの孫(Mei)の小学校最後の運動会、金木犀が満開。
単身で海外赴任中の長男(Meiパパ)も一時帰国、Meiママの両親も皆揃って
盛会のうちに終わった。
高学年になって急速に身長が伸びたMeiは 騎馬戦では馬、組体操でも
一番下の礎であったが、笑顔で楽しんでいた。



奥日光

DSC00578.jpg 秋色になった山ぶどうの葉

 久しぶりの秋晴れ、妻は友人夫妻とゴルフへ。
既にゴルフからも遠ざかっている私は 透明な日差しと秋風のなか 高原の湖と
草もみじの原でも散策してみようと奥日光へ。

 秋空に男体山~大真名子・小真名子~女峰山の日光連山が美しく聳え
台風余波の強い秋風に波立った中禅寺湖も 青空を映して濃いブルーに彩られていた。
一気に「湯ノ湖」まで走る。

DSC00579.jpg DSC00581.jpg 湯元温泉源泉小屋

DSC00582.jpg DSC00584.jpg 静かに波立つ湯ノ湖

DSC00585.jpg DSC00586.jpg 湯滝への落ち口




DSC00589.jpg DSC00591.jpg 光彩の美しい森と湯川

DSC00593.jpg 草もみじ と 太郎山

DSC00594.jpg DSC00595.jpg DSC00596.jpg DSC00598.jpg
戦場ヶ原遊歩道 点描

 湯ノ湖も戦場ヶ原も静かで 風の音だけが渡っていた。
奥日光界隈の峰々を歩いたのは 遙かな昔。
このブログ「俄歩」では記録が少ない。
近年では、日光白根山(月別アーカイブ 2009年6月)、鬼怒沼湿原(2009年2月、
2013年6月)程度。

(2016.10.6 歩く)






















江の島
DSC00563.jpg 陽が傾き始めた江の島  (写真はクリックして拡大してください)


  「真白き富士の嶺 緑の江の島 仰ぎ見るも 今は涙、
   帰らぬ十二の 雄々しきみたまに 捧げ奉る 胸と心」
 むかし 母がよく口遊んでいた歌を想い出し、
三浦半島西岸の葉山、稲村ケ崎・鎌倉材木座、江の島そして藤沢鵠沼と
相模湾に面したいわゆる湘南の海を訪ねた。

 稲村ケ崎の高台にあった親戚の家に泊まり、
岩場のある海が好きだった私が 葉山長者ヶ埼や江の島岩屋洞へ
泳ぎに行ったのは 昭和20年代の終わり 小学高学年の頃であった。


 平日の夕方にもかかわらず 鎌倉方面から足を伸ばしてきたと思われる
若い男女と外国人観光客で島内は賑わって、昔の面影は
老舗料理屋と島の裏海岸にわずかに残っているだけであった。

DSC00565.jpg DSC00568.jpg 潮が満ちてきた稚児ヶ淵


DSC00574.jpg DSC00572.jpg 海蝕洞窟:岩屋洞




DSC00575.jpg 奥津宮

DSC00576.jpg 東京オリンピックの時に作られたヨットハーバー

(2016.9.27 歩く)









森の妖精
DSC00517.jpg 森の中で静かに揺れるレンゲショウマ
                             (写真はクリックして拡大してください)

 墓参に多磨霊園へ行くついでに少し足を伸ばして 奥多摩の御岳山へ
夏の妖精とか森の妖精とか呼称される「レンゲショウマ」の群生地を訪れた。

DSC00519.jpg DSC00522.jpg DSC00523.jpg DSC00524.jpg

DSC00531.jpg DSC00542.jpg DSC00551.jpg DSC00554.jpg


 緑濃い夏の森の中 まだ一分咲き程度であったが、
この花を愛でる方々が大勢カメラを構えていた。
産安社から ヒノキやケヤキの大木とウバユリやキツリフネの花々を愉しみながら
御岳山山頂の武蔵御岳神社に詣で、二時間程度の散策を終えた。


DSC00528.jpg DSC00532.jpg DSC00545.jpg

DSC00546.jpg DSC00547.jpg DSC00560.jpg


 レンゲショウマ、蝋細工のような吊り花。
森の妖精というより 下向きに静かに揺れるさまは 薄幸の美人を連想するという。
花言葉は 伝統美。

DSC00517_20160805143356462.jpg

(2016.8.4 妻と歩く)














九十九里海岸
 関東地方の梅雨明けが報じられた早朝、
太平洋の荒波が打ち寄せる犬吠埼近くの旭市飯岡・刑部岬へ向かった。
海のない埼玉県・浦和からは150km。
 日本のドーバーとも呼称される屏風ヶ浦の高台から 飯岡漁港と
ハマグリ漁をする漁船を眺め、
漁港から続く海岸歩道を歩き、屏風ヶ浦の白い懸崖を仰ぐ。

DSC00505.jpg DSC00507.jpg
屏風ヶ浦高台から 飯岡漁港と砂浜近くで弧を描く蛤漁の漁船

DSC00508.jpg DSC00510.jpg DSC00511.jpg 屏風ヶ浦の懸崖


 ハマグリの生息に適した遠浅の海岸故、
海水は砂交じりで青くはないが これが上総の国 九十九里の海である。

DSC00512.jpg DSC00513.jpg 九十九里浜


 漁協で船採りの8~10cmほどある大ハマグリを土産に買い求め、
サーファー天国の九十九里浜を南下する。
 戦時中、半年ほど親戚に疎開した 地引網漁で知られた片貝や白子の海岸は
夏休みに入り子供連れの海水浴客で賑わっていた。
 九十九里の浜も内陸部の畑も いまはすっかり様変わりしていたが、
シコイワシ(カタクチイワシ)とシジミ・ハマグリ・ナガラミなどの貝類、
シロウリの漬物、マクワウリ、乾燥イモなど、幼児の舌で覚えた味はいまも残っている。

DSC00515.jpg DSC00516.jpg 船採りのハマグリ



 夏山シーズンなのに 高嶺は遠くなった。
(2016.7.28 砂浜を歩く   写真はクリックして拡大してください)




 








檜枝岐温泉
 新潟・群馬・福島の三県が接する尾瀬、その福島県側南会津のはずれに
この方面の登山基地として 私がよく利用してきた僻村、檜枝岐村がある。

 公共交通機関未発達の若い頃は 尾瀬に入るには
群馬県側戸倉から 大清水か鳩待峠を経ての入山が便利で
会津側檜枝岐村からの御池や沼山峠越えは 多くの日数を要した。

 かってこの檜枝岐の温泉宿をベースに 残雪の会津駒ケ岳・帝釈山・田代山や
燧ケ岳を歩いていた頃、ザックを担いで街道を歩く身に
行き交う村人から「ようきらった」と声をかけられ、心温まる想いをしたものだった。


 雨模様のこの三連休中日の日曜日、
珍しく早立ちして この村の近況を尋ねてみた。
 妻と友人夫妻を案内して ここの湯宿から尾瀬ヶ原や尾瀬沼を歩いてからも
もう10年近く経っている。

 南会津側からこの村に入ると 誰しもが奇異に思うのは
街道のすぐ両側を占めるお墓であろう。
最初にこの村を訪れた時に宿で聞いたのは
 昔は村全体が大変貧しく お坊さんを養うことができず したがって一寺も無く
 墓所というものがないこと
 また 平坦地の少ない豪雪地のため 街道脇でないと墓参りも不可能だった
ということであった。

DSC00485.jpg 街道の左右に展開する墓

DSC00501.jpg DSC00502.jpg

 昔に比べ 真新しい立派な墓石が目立つが、
その墓碑銘は 今も変わらず 星・平野・橘 の三氏がほとんど。

DSC00488.jpg 六地蔵

 僻遠の地の唯一の娯楽として伝承され、約250年の伝統を誇る農村歌舞伎
「檜枝岐歌舞伎」も健在。

DSC00494.jpg

DSC00492.jpg DSC00491.jpg 鎮守の森の舞台と観覧席

DSC00490.jpg 5月と8月の年2回の公演だったのが、
                その人気故に9月も催行されるようになったようだ


DSC00499.jpg 集落を流れる檜枝岐川



 山裾では 早くも白いソバの花が雨に濡れていた。     DSC00504.jpg


2016。7.17 栃木・塩原温泉から 福島・檜枝岐温泉への ソバ街道を走る
(写真はクリックして拡大してください)







霧降高原
 郊外で少しのんびり過ごしたいという妻の要望を受けて
梅雨空のもと 栃木・日光方面へ。
霧のヴェールに包まれ小雨に濡れるニッコウキスゲの群落を楽しみ、
奥日光湯の湖畔の濁り湯を浴びてこようと東北道を走った。
車窓をマタタビの白い葉とヤマボウシの白い花が流れていく。

 標高1300mを超えると 濃く薄く白い濃淡の霧が流れ、
高原の雰囲気が醸し出される。
まだ静かな駐車場でレインギアを身に着け、キスゲ平園地の名物
1445段の木の回廊を登りはじめる。
妻は大丈夫と笑顔で胸を張っているが、最後までこの笑顔が持つように
サポートに努めねば・・・。


DSC00464.jpg DSC00475.jpg DSC00465.jpg DSC00467.jpg
(写真はクリックして拡大してください)

 篠つく雨とまとわりつく羽衣のような霧、ニッコウキスゲがユウスゲのような風情で
視界に広がる。
絨毯のように斜面を覆う笹についた雨滴も 銀の滴を転がしている。

DSC00473.jpg DSC00476.jpg DSC00478.jpg

DSC00470.jpg DSC00469.jpg 1445段を登りきる

 まさに「霧降」の名に相応しい絵図となった高原の回廊であった。

DSC00479.jpg ミヤマカラマツ

 温泉で身体をほぐし、実山椒とたまり漬をそれぞれの老舗で買い求め
帰途についた。
                                  ヤマボウシ DSC00480.jpg
(2016.6.29 歩く)




過去記事の中のキスゲ風景
P1020731_20160630105357e6b.jpg 鳥海山 (2011年7月)
P1050700_20160630105714457.jpg 雄国沼 (2014年6月)
DSC00376_2016063010591258a.jpg 佐渡外海府 (2016年6月)





       










閑居(祈願)
 幼児期から乾燥肌で皮膚科に通院している孫娘Mei、
膝裏に小さなイボができて気になると言うので 今年3月、
「いぼ地蔵」なるお地蔵様を訪ねた。

 近在では東京足立区・西新井大師の境内の一隅に
「塩地蔵」が奉られているとのこと。
全国各地に点在する「いぼ取りの神様」のひとつ。

DSC00310.jpg 塩地蔵    (写真はクリックして拡大してください)

 この塩に埋もれた地蔵の足元の塩を 患部にこすりつけると
いつかはいぼが取れるという。
取れたら倍する塩を御礼に この地蔵に返さなければならないとのこと。
が、6月になってもMeiは塩を御礼にもって行こうとは まだ言い出さない。


 その6月、今度は東京・御茶ノ水の「湯島天満宮」へ
Meiの中学志望校の合格祈願に・・・。

IMG_2158.jpg 湯島天神

 もう去ること40年近い昔、愚息たち(長男・次男)の中学受験以来 大学受験も含めて
この湯島天神詣では続いている我が家の行事の一つ。

「塩地蔵」の方は 御礼参りに行けなくとも
こちらの方は 是非とも行けるようにと願っている。

                                           DSC00452.jpg 孫娘Mei