俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
プロフィール

俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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冬桜
DSC00722.jpg           (写真はクリックして拡大してください)

 上州名物「空っ風」が吹き下してくる。
ここは 埼玉と群馬の県境を流れる神流川の支流、
日本庭園の代表的な庭石として知られる三波石の産地、三波川に
沿った冬桜の里。
満開の便りを耳にし 訪れた。

DSC00702.jpg DSC00705.jpg DSC00714.jpg DSC00716.jpg
冬桜の里(桜山と三波石)




DSC00700.jpg DSC00726.jpg DSC00710.jpg

DSC00708.jpg DSC00722_20161130134942cc8.jpg DSC00723.jpg

 山桜と豆桜の雑種である冬桜、
凍てついた線香花火のように角張って咲く
春の桜のようなふくよかさや艶っぽさがない。
まさにその花言葉「冷静」に相応しい。

 空は青く 凛と張りつめる冷気のなか、空っ風の音だけが
耳に立つ。
梅林の雰囲気があるも あの春に向かう柔らかさは感じられない。
高嶺に咲く峰ざくらを想い出した。



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 冬枯れの木立を縫って御荷鉾山スーパー林道を走り
神流湖を車窓に見て帰宅。       (2016.11.29 歩く)








  
甲州百匁柿
DSC00686.jpg 吊るし柿    (写真はクリックして拡大してください)

 日本の晩秋の風物詩のひとつ、登山口に近い農山村に見られる黄金色のすだれ・・・
軒下で 夕陽に赤く 金色に輝く絨毯は、下山後の昂揚した遠い日を想い出させて
くれる。

 5年ほど前から我が家の恒例行事ともなった秋の吊るし柿作り。
昨年末、お裾分けした友人たちからの絶賛の声に押されて今年もと、
大粒の渋柿・甲州百匁柿を求めて 山梨・塩山まで走り、
ひと粒 400~500g、80個ほどを購入。

DSC00678.jpg DSC00679.jpg 甲州百匁柿


DSC00684.jpg 1個 約500g



 帰途、雁坂みちを走り、かって歩いた乾徳山や西沢渓谷周辺を懐かしみ
広瀬湖畔を散策した。

DSC00681.jpg DSC00682.jpg DSC00683_201611051516139dc.jpg
広瀬湖畔

(乾徳山 月別アーカイブ2009年11月記、西沢渓谷 月別アーカイブ2012年4月記)
(2016.11.4)


八海山山麓
DSC00599.jpg 八海山RW   (写真はクリックして拡大してください)

 新潟県中越周辺は晴れ間が覗くとの気象予報に 米どころ南魚沼地方の
秋の風情と味覚を求めて、妻とドライブに・・・。

 榛名山・赤城山・谷川岳を車窓にやり過ごし、越後三山の一つ 八海山の麓まで走る。
風が無く、岩ゴツの八海山八峰は雲が垂れ込め 麓からの眺望はかなわなかった。
登山装備は身に着けずロープウエイで四合目(1150m)へ。

DSC00601.jpg 雲で佐渡島は見えず

DSC00603.jpg 女人堂への登山道

DSC00604.jpg DSC00609.jpg 魚野川流域に広がる米どころ

DSC00606.jpg DSC00607.jpg 鐘と避難小屋

DSC00608.jpg 八ッ峰への道

DSC00610.jpg 紅葉はこれから


 その後、浦佐・小出・小千谷まで足を伸ばし、刈入れ後の静かな田や鈴なりの小粒の
柿の木 そして はや冷たさを感じさせる清流の岸辺に揺れるすすきに秋を感じながら、
その土地土地の銘品を買い求め、帰宅。



P1000099_20161014113815689.jpg (2016.10.13 ドライブ(走行距離530キロ))













初秋
孫娘(Mei)の運動会

14495480_583920111733137_561753348565859923_n.jpg IMG_2713.jpg  (写真はクリックして拡大してください)

 たったひとりの孫(Mei)の小学校最後の運動会、金木犀が満開。
単身で海外赴任中の長男(Meiパパ)も一時帰国、Meiママの両親も皆揃って
盛会のうちに終わった。
高学年になって急速に身長が伸びたMeiは 騎馬戦では馬、組体操でも
一番下の礎であったが、笑顔で楽しんでいた。



奥日光

DSC00578.jpg 秋色になった山ぶどうの葉

 久しぶりの秋晴れ、妻は友人夫妻とゴルフへ。
既にゴルフからも遠ざかっている私は 透明な日差しと秋風のなか 高原の湖と
草もみじの原でも散策してみようと奥日光へ。

 秋空に男体山~大真名子・小真名子~女峰山の日光連山が美しく聳え
台風余波の強い秋風に波立った中禅寺湖も 青空を映して濃いブルーに彩られていた。
一気に「湯ノ湖」まで走る。

DSC00579.jpg DSC00581.jpg 湯元温泉源泉小屋

DSC00582.jpg DSC00584.jpg 静かに波立つ湯ノ湖

DSC00585.jpg DSC00586.jpg 湯滝への落ち口




DSC00589.jpg DSC00591.jpg 光彩の美しい森と湯川

DSC00593.jpg 草もみじ と 太郎山

DSC00594.jpg DSC00595.jpg DSC00596.jpg DSC00598.jpg
戦場ヶ原遊歩道 点描

 湯ノ湖も戦場ヶ原も静かで 風の音だけが渡っていた。
奥日光界隈の峰々を歩いたのは 遙かな昔。
このブログ「俄歩」では記録が少ない。
近年では、日光白根山(月別アーカイブ 2009年6月)、鬼怒沼湿原(2009年2月、
2013年6月)程度。

(2016.10.6 歩く)






















江の島
DSC00563.jpg 陽が傾き始めた江の島  (写真はクリックして拡大してください)


  「真白き富士の嶺 緑の江の島 仰ぎ見るも 今は涙、
   帰らぬ十二の 雄々しきみたまに 捧げ奉る 胸と心」
 むかし 母がよく口遊んでいた歌を想い出し、
三浦半島西岸の葉山、稲村ケ崎・鎌倉材木座、江の島そして藤沢鵠沼と
相模湾に面したいわゆる湘南の海を訪ねた。

 稲村ケ崎の高台にあった親戚の家に泊まり、
岩場のある海が好きだった私が 葉山長者ヶ埼や江の島岩屋洞へ
泳ぎに行ったのは 昭和20年代の終わり 小学高学年の頃であった。


 平日の夕方にもかかわらず 鎌倉方面から足を伸ばしてきたと思われる
若い男女と外国人観光客で島内は賑わって、昔の面影は
老舗料理屋と島の裏海岸にわずかに残っているだけであった。

DSC00565.jpg DSC00568.jpg 潮が満ちてきた稚児ヶ淵


DSC00574.jpg DSC00572.jpg 海蝕洞窟:岩屋洞




DSC00575.jpg 奥津宮

DSC00576.jpg 東京オリンピックの時に作られたヨットハーバー

(2016.9.27 歩く)









森の妖精
DSC00517.jpg 森の中で静かに揺れるレンゲショウマ
                             (写真はクリックして拡大してください)

 墓参に多磨霊園へ行くついでに少し足を伸ばして 奥多摩の御岳山へ
夏の妖精とか森の妖精とか呼称される「レンゲショウマ」の群生地を訪れた。

DSC00519.jpg DSC00522.jpg DSC00523.jpg DSC00524.jpg

DSC00531.jpg DSC00542.jpg DSC00551.jpg DSC00554.jpg


 緑濃い夏の森の中 まだ一分咲き程度であったが、
この花を愛でる方々が大勢カメラを構えていた。
産安社から ヒノキやケヤキの大木とウバユリやキツリフネの花々を愉しみながら
御岳山山頂の武蔵御岳神社に詣で、二時間程度の散策を終えた。


DSC00528.jpg DSC00532.jpg DSC00545.jpg

DSC00546.jpg DSC00547.jpg DSC00560.jpg


 レンゲショウマ、蝋細工のような吊り花。
森の妖精というより 下向きに静かに揺れるさまは 薄幸の美人を連想するという。
花言葉は 伝統美。

DSC00517_20160805143356462.jpg

(2016.8.4 妻と歩く)














九十九里海岸
 関東地方の梅雨明けが報じられた早朝、
太平洋の荒波が打ち寄せる犬吠埼近くの旭市飯岡・刑部岬へ向かった。
海のない埼玉県・浦和からは150km。
 日本のドーバーとも呼称される屏風ヶ浦の高台から 飯岡漁港と
ハマグリ漁をする漁船を眺め、
漁港から続く海岸歩道を歩き、屏風ヶ浦の白い懸崖を仰ぐ。

DSC00505.jpg DSC00507.jpg
屏風ヶ浦高台から 飯岡漁港と砂浜近くで弧を描く蛤漁の漁船

DSC00508.jpg DSC00510.jpg DSC00511.jpg 屏風ヶ浦の懸崖


 ハマグリの生息に適した遠浅の海岸故、
海水は砂交じりで青くはないが これが上総の国 九十九里の海である。

DSC00512.jpg DSC00513.jpg 九十九里浜


 漁協で船採りの8~10cmほどある大ハマグリを土産に買い求め、
サーファー天国の九十九里浜を南下する。
 戦時中、半年ほど親戚に疎開した 地引網漁で知られた片貝や白子の海岸は
夏休みに入り子供連れの海水浴客で賑わっていた。
 九十九里の浜も内陸部の畑も いまはすっかり様変わりしていたが、
シコイワシ(カタクチイワシ)とシジミ・ハマグリ・ナガラミなどの貝類、
シロウリの漬物、マクワウリ、乾燥イモなど、幼児の舌で覚えた味はいまも残っている。

DSC00515.jpg DSC00516.jpg 船採りのハマグリ



 夏山シーズンなのに 高嶺は遠くなった。
(2016.7.28 砂浜を歩く   写真はクリックして拡大してください)




 








檜枝岐温泉
 新潟・群馬・福島の三県が接する尾瀬、その福島県側南会津のはずれに
この方面の登山基地として 私がよく利用してきた僻村、檜枝岐村がある。

 公共交通機関未発達の若い頃は 尾瀬に入るには
群馬県側戸倉から 大清水か鳩待峠を経ての入山が便利で
会津側檜枝岐村からの御池や沼山峠越えは 多くの日数を要した。

 かってこの檜枝岐の温泉宿をベースに 残雪の会津駒ケ岳・帝釈山・田代山や
燧ケ岳を歩いていた頃、ザックを担いで街道を歩く身に
行き交う村人から「ようきらった」と声をかけられ、心温まる想いをしたものだった。


 雨模様のこの三連休中日の日曜日、
珍しく早立ちして この村の近況を尋ねてみた。
 妻と友人夫妻を案内して ここの湯宿から尾瀬ヶ原や尾瀬沼を歩いてからも
もう10年近く経っている。

 南会津側からこの村に入ると 誰しもが奇異に思うのは
街道のすぐ両側を占めるお墓であろう。
最初にこの村を訪れた時に宿で聞いたのは
 昔は村全体が大変貧しく お坊さんを養うことができず したがって一寺も無く
 墓所というものがないこと
 また 平坦地の少ない豪雪地のため 街道脇でないと墓参りも不可能だった
ということであった。

DSC00485.jpg 街道の左右に展開する墓

DSC00501.jpg DSC00502.jpg

 昔に比べ 真新しい立派な墓石が目立つが、
その墓碑銘は 今も変わらず 星・平野・橘 の三氏がほとんど。

DSC00488.jpg 六地蔵

 僻遠の地の唯一の娯楽として伝承され、約250年の伝統を誇る農村歌舞伎
「檜枝岐歌舞伎」も健在。

DSC00494.jpg

DSC00492.jpg DSC00491.jpg 鎮守の森の舞台と観覧席

DSC00490.jpg 5月と8月の年2回の公演だったのが、
                その人気故に9月も催行されるようになったようだ


DSC00499.jpg 集落を流れる檜枝岐川



 山裾では 早くも白いソバの花が雨に濡れていた。     DSC00504.jpg


2016。7.17 栃木・塩原温泉から 福島・檜枝岐温泉への ソバ街道を走る
(写真はクリックして拡大してください)







閑居(祈願)
 幼児期から乾燥肌で皮膚科に通院している孫娘Mei、
膝裏に小さなイボができて気になると言うので 今年3月、
「いぼ地蔵」なるお地蔵様を訪ねた。

 近在では東京足立区・西新井大師の境内の一隅に
「塩地蔵」が奉られているとのこと。
全国各地に点在する「いぼ取りの神様」のひとつ。

DSC00310.jpg 塩地蔵    (写真はクリックして拡大してください)

 この塩に埋もれた地蔵の足元の塩を 患部にこすりつけると
いつかはいぼが取れるという。
取れたら倍する塩を御礼に この地蔵に返さなければならないとのこと。
が、6月になってもMeiは塩を御礼にもって行こうとは まだ言い出さない。


 その6月、今度は東京・御茶ノ水の「湯島天満宮」へ
Meiの中学志望校の合格祈願に・・・。

IMG_2158.jpg 湯島天神

 もう去ること40年近い昔、愚息たち(長男・次男)の中学受験以来 大学受験も含めて
この湯島天神詣では続いている我が家の行事の一つ。

「塩地蔵」の方は 御礼参りに行けなくとも
こちらの方は 是非とも行けるようにと願っている。

                                           DSC00452.jpg 孫娘Mei



閑居(100選)
 山を歩いていると登山口や頂に百名山とか花の百名山、さらには○○県名山などの
標識が 近年目立つようになってきた。
その風潮か いまや頂へ向かう途上の「滝」や「湧水」、「川」や「森」のみならず
「温泉」「峠」「谷」そして歩く「道」にまで100選の標識がつけられている。
 里を歩けば「溜め池」や「名木」、「棚田」「城」、海辺へ出れば「夕陽」「渚」「快水(海水)浴場」
などの100選も存在する。
さらに自然の景観以外に 日本情緒を想起させる「音」や「香り」まで選定されている。

               P1020386_20160509192436d4d.jpg P1020504_201605091926154e1.jpg P1020600_201605091927163f2.jpg

 ひと様が選んだものを追いかけることにはあまり興味のない私であるが、
そのなかでひとつだけ気になっていた100選がある。
28年ほど前に 雑誌「旅」の企画で集約された「日本の秘境100選」である。
この100選、企画当時の編集長で作家の岡田喜秋氏、探検家で作家のCWニコル氏・
椎名誠氏、作家の立松和平氏などが選者になっていた。

               P1010666_201605091939139c7.jpg P1010706_20160509194017205.jpg 2007_0721薬師岳縦走0011

 長年 山歩きをしていると荒々しい源泉掛け流しの湯を抱く鄙びた宿とか
幽玄に満ちた辺境の地に必然的に巡り遭うことが多い。
選定からはや四半世紀を過ぎ、既に秘境とは言い難い地域もあろうが
山旅好きの私には いまでも印象に残っている「100選」であった。

 雪山はもとより夏山でも高嶺はそろそろ体力的に難しくなった昨今、
過去の山旅や秘湯巡りを振り返ることが多くなり、 この「日本の秘境100選」リストに
チェックを入れてみたところ 既に68ヵ所を訪れていた。
因みに「深田百名山」は66座しかなく、200名山とされる峰に分散されているのだろう。
 北岳、槍・穂高、八ヶ岳など好きな峰は ルートを変え何度も歩くのと同様に
この日本の秘境でも 知床、八幡平、檜枝岐、秋山郷、黒部峡谷、上高地、国東半島など
登山口や湯宿に近い僻地は 繰り返し訪れていることが多い。

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 交通網の発達・近代化と観光誘致のますますの激化に伴い 秘境は少しずつ
かっての風情を失ってゆくことであろうが、
一方で少子高齢化・人口減少、TPPに伴う産業構造の変化などによって
あらたな荒涼の地がこれから生まれるかもしれない。
 いずれにしてもマスメディアやSNSの影響は大きく、かっての秘境の地は時の経過とともに
変貌していくことは間違いない。
なべてリスト化されたものの宿命というべきかも・・・。

               P1010045_20160509202316c17.jpg P1010857_20160509202442eb8.jpg P1020630_20160509202547e66.jpg

 私の印象に残っている秘境エリアとしては 北から
礼文島、知床、野付半島、オンネトー、積丹半島西岸、恐山・仏ヶ浦、津軽半島西岸、白神山地、
奥鬼怒、秋山郷、奥裾花、能登外浦海岸、八尾の里、黒部峡谷、琵琶湖北岸、十津川郷、
裏高野、氷ノ山西麓、小豆島、佐田岬、国東半島西岸、坊がつる
などが挙げられる。
共通するのは
 ・どこまでも歩いていこうという気持ちになる
 ・都会的色調がまったくなく 特徴のある自然造形の美がある
 ・どことなく寂寥感が漂い いにしえびとへの想いが募る
 ・佇むほど畏怖の念が迫ってくる
 ・きっと驟雨が似合う              という感覚であった。

 100選リストに残る トカラ列島や小笠原、佐渡外海府、隠岐國賀海岸、西表島などの
離島も今のうちに訪れてみたい地域である。

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 私の孫娘Meiたちの仲間では 美とか幽玄とか造形とかの基準よりも
パワースポット、心霊スポットという脱自然・超自然の方が話題になるらしい。
山や辺境の地へ誘い出すときは 超自然の現代っ子スポットを旅程に組み込むことが
必要になりそう・・・。
(興味のある写真はクリックして拡大してください)