俄歩
「山に登ること」 は、与えられた条件の中で新しい経験を積むことに 他ならない。 だから、  自然と向き合える体力  自然を味わえる感性  自然に応えられる知力  を大切にしたい。
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Author:俄歩人 (がふと)
 学生時代に歩いた山、歩きそびれた山をひとり
静かにたのしんでいます。



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鳳凰三山(薬師岳・観音岳・地蔵岳)
 一週間前から小雪がちらつき始めたという山小屋情報、しかも出発前夜、
尾根道に雪が積もったと聞き、砂糖菓子のように周りを氷に縁取られた
紅葉を写したいといっぱしのカメラマン気取りで日曜日、午前11時過ぎ、
我が家を後にした。
鳳凰三山、W.ウエストンの「The playground of the Far East」の中に、
地蔵岳のオベリスクの初登頂、また 尾瀬の父と呼ばれる武田久吉氏の
明治の山旅に、シャジン(沙参、キキョウ科のツリガネニンジンの漢名)
の原種を求めて薬師岳や観音岳に登頂した記述があるが、明治・大正・
昭和の初期に、あまたの峰峯に登り、素晴らしい山岳紀行文を残されて
いる木暮理太郎氏、田部重治氏その後の畦地梅太郎氏、上田哲農氏、
串田孫一氏なども、この鳳凰三山については登高の記述が目につかない。
対峙する白峰三山(北岳・間の岳・農鳥岳)や個性的な甲斐駒ケ岳、
仙丈岳に囲まれ、あまり登頂意欲が喚起されない山なのであろうか?。
 比較的高山植物の少ないこの山はいまでは紅葉や雪の頃によく歩かれ
ているようである。私にとっては 寡って学生時代に一度登るべく計画
したが、時ならぬ台風の襲来で見送り、その後、北岳や仙丈岳に登った
時もただ眺めるだけ。今年も9月に甲斐駒ケ岳への道々眺め、何時かは
登ってみようと思っていた山である。計画から40数年振り、こういう
のを久恋の山というのかも知れない。

 登るなら趣のある湯宿 青木鉱泉からと決めていた。
薬師岳・観音岳・地蔵岳の鳳凰三山は、奈良時代から平安初期にかけて
修験者により開山され、地元では奈良法皇(孝謙女帝)が登ったことに
より、山名も法皇山と名づけられ、後に仏教の霊鳥である鳳凰に因んで
鳳凰山と呼ばれるようになった としている。
女性の登山によって広く山名が知られるようになった山というのは珍しい。

(写真はクリックして拡大してください)
DSCF1634.jpg  DSCF1626.jpg  DSCF1650.jpg
 薬師岳            観音岳            地蔵岳

「山行クロニクルNo.16」
  鳳凰三山           3泊4日   単独

10.21(日)浦和〜中央道〜青木鉱泉(泊)
10.22(月)鉱泉〜中道〜薬師岳〜薬師小屋(泊)
10.23(火)小屋〜薬師岳〜観音岳〜アカヌケ沢の頭〜地蔵岳〜
        ドンドコ沢〜青木鉱泉(泊)
10.24(水)鉱泉〜浦和

10.21(日)第一日目
 昔ながらの湯宿を髣髴とさせる鄙びてはいるが格調のある宿、青木鉱泉、
午後2時着。
 DSCF1615.jpg  DSCF1673.jpgマユミの花

 宿からは 中道を直接薬師岳へ登る道とドンドコ沢を登り地蔵岳へ至
る道のニ路があるが、いずれも登り一辺倒で6時間余りの行程。
中道から薬師岳へ登り、薬師小屋泊。翌日、再び薬師岳そして観音岳、
アカヌケ沢の頭、地蔵岳を歩き鳳凰小屋からドンドコ沢を降り青木鉱泉
へ周遊するルートに決める。
 3時過ぎから日曜日とて下山者で賑わい始めた宿の周辺を散策、沢グルミ、
ドングリ、ヤマグリなどの実を拾い集め、孫への山みやげとする。山ぶ
どうはてっぺんの方にわずかな小さな房、ほとんど収穫されてしまったようだ。
下山者の入浴客多く、湯に入ったのは夕食後。ひとりのんびり沸かし湯
(弱酸性泉)をたのしむ。開湯時(延暦年間)は、現在よりももっと
高所にあったといわれる青木の湯、現在の場所は明治14年からだそうで、
三代目の方が管理されていた。

10.22(月)第二日目
 晴天。いよいよ1140mの鉱泉から2780mの薬師岳頂上まで、
標高差1600m強の登り一辺倒に挑む。沢を渡り林道を歩くこと40分、
中道ルートの登山口 7時着。深い混交林の中、電光形の急登を登りはじめる。
 延々3時間、やっとシラカバ林の少し拓けた小ピークに、簡単な昼食
を摂る。ここまでただただ只管眺望の利かない樹林を喘いだ。
標高2000m、樹層はカラマツ林を過ぎシラビソなどが多くなっている。
まだこの先700m以上の標高差を稼がなければならない。かなりハードだ。
ここまで身軽な装備の健脚者二人に先を譲る。腹ごしらえをし覚悟を決めて
再び急登に挑む。高度2700mで視界が拓けやっと薬師岳頂上の岩塊
が望まれた。頂上(2780m)着 2時。度々の休憩も含め7時間の登り。
秋の陽ははやくも西に傾いていたが、白砂と岩塊の頂上からは 南東に
冠雪の富士、西には指呼の間に聳える北岳をはじめとする白峰三山、さらに
塩見岳や荒川岳。皆 頂は既に雪に覆われていた。北に仙丈岳、八ヶ岳
遠くには木曾の御嶽山が眺められた。
 吹き渡る風が冷たい。明日歩く予定の観音岳への稜線が美しく、期待
値が膨らむ。地蔵岳やその奥の甲斐駒ケ岳は間近の観音岳に隠れて見えない。


DSCF1623.jpg  DSCF1638.jpg  DSCF1646.jpg
富士山             白峰三山           北岳バットレス

 すっかり冷え切った身で薬師小屋へ 宿泊手続きをし小屋の前でビールを楽しむ。
夕食時、自炊組みも含めて宿泊者は25人ぐらい。夜叉神峠からの入山者が多かった。
隣人は40歳前後、同じ中道ルートで私をすいすい追い抜いていった健脚者。
日帰り登山が中心で小屋泊まりの山行は今度が初めてとのこと。いろい
ろ山名を挙げどうですか と聞かれた。
夜は氷点下 2度C。

10.23(火)第三日目
 晴れ。薄日がこぼれているが結構雲が多い。6時30分、薬師岳へ
登り返し、前日逆光だった白峰三山を写す。この薬師岳から観音岳、
アカヌケ沢の頭、そして地蔵岳への稜線歩きがこの山のハイライトだ。
晩秋の柔らかい陽を一身に浴びながら花崗岩の白砂、緑のハイマツそして
風に撓んだ低木のカラマツの黄葉の間を 雪に覆われた北岳のバットレスを
左に眺めながら気分良く歩く。三山の最高峰 観音岳(2840m)ま
では雪は解けている。観音岳頂上、間近に地蔵岳のオベリスクが聳え、
甲斐駒ケ岳が白い三角錘を見せる。
DSCF1654.jpg  DSCF1661.jpg
稜線のカラマツ       甲斐駒ケ岳

ここからアカヌケ沢の頭(2750m)までの北面の尾根は雪が凍って
降りが辛い。かといってアイゼンをつけるほどでもなくこの中途半端が
怖い。アカヌケ沢の頭で三角点を探すが見つからない。高嶺・早川尾根
への道を分けて地蔵岳直下 賽の河原へ降る。40体前後の石の子授け
地蔵が安置されている。今は少ないようだが昭和初期までこの地蔵を
一体借りて下山、枕元に置いておくと子が授かると言われ、実現したら
ニ体にしてここに返す ということが行われていたそうだ。
DSCF1658.jpg  DSCF1662.jpg
賽の河原の地蔵群     地蔵岳オベリスク

地蔵のオベリスク近くまで登るが、その先の巨岩にはザイルを使わない
ととても無理。
ザレ場の急下降をしばし、鳳凰小屋 9時45分着。約3時間の尾根歩
きは景色も良く大変楽しかった。昼食を作ることにし大休止。
DSCF1663.jpg
 食後、出発間際に昨夜の隣人が到着。10時30分、ドンドコ沢の長時間
の降りに入る。今度は ただただひたすら樹林の中の降りに汗をかく。
50分ほど降ると沢の音が大きくなり五色の滝、さらに30分ほどで
白糸の滝。登りの中道と異なり、この沢沿いの降りは滝の変化があって
ちょっと気が紛れる。
DSCF1667.jpg  DSCF1668.jpg
五色の滝           白糸の滝

さらに降って鳳凰の滝をパス、次の南精進の滝で休んでいるとまた昨夜
の隣人が追いついてきた。しばし歓談。この後、樹林の中を一緒に歩く
 途中の沢でとうもろこしのような形態の赤い不気味な花実を見つけ
写真に撮る。(後で鉱泉で聞いたら この地方ではマムシグサというそ
うだ。一本だけ伸びた赤い実をつけた茎がマムシの背の模様にそっくり)
 やっと降り終わり鉱泉着 3時。地蔵岳から5時間 降りっぱなし。
そのまま車で帰る彼と別れゆっくり入湯。汗を流し疲れを癒す。
夕食までビールと日本酒。懇意になった四代目を目指す鉱泉の若主人か
ら木工細工を孫の土産に頂いたり、たまたま泊まり合わせた八ヶ岳 黒
百合ヒュッテ(15年前家内と泊まった)の若い小屋番と話が弾んだ。
これから一冬の小屋番に備えて休暇を楽しんでいるとのことだった。

 夕食後再びゆっくり湯を楽しみ 8時床に就く。
6帖の一人部屋で障子を開け 窓から十三夜の月を眺めこの山行を振り
返った。こうこうと輝く月を見ていると 昭和の初期、まだ交通網の
未発達の時代 この月明かりを頼りに登山口まで夜通し峠を越えた先達
たちの紀行文が思い出される。とりわけ串田孫一氏や川崎精雄氏などは
月明かりの夜道の一人歩きを楽しまれたようだ。
寝付かれぬまま山歩きのあれこれを考える。
 山歩きは他のスポーツとは異なり、人が作ったルールに合わせること
なく自然が与えてくれた条件、状況に従っている。いわば自然のルール
に従う。それ故、山に向かうとき 山を歩くときは出来る限り原始的な
感覚を大切にしたい。その方が自然との一体感に浸れると思う。
普段使いすぎて擦り切れた都会人の感覚が山に這入ることによって
研ぎ澄まされ、美しさへの傾斜の度合いとか心の充足とかだけでなく
危険をも事前に膚で察知することができるようになるのだろう。単独行
はその最たるものだろう。一人だからこそ感じられる貴重な自然との
対峙、単独行は登山者が自覚すべき自己責任と常に向き合っている と
いうことがよいのではなかろうか。
あらためて「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応え
られる知力 を大切にしたい」と考える。

10.24(水)第四日目
 泊まり合わせた登山者のひとり 同世代の人にバス便がないので
市街地まで便乗させてくれと頼まれ、JR韮崎駅まで送り 12時浦和帰着。

 やっぱり 一人がよろしい 雑草
   やっぱり 一人はさみしい 枯草    種田山頭火



テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ


この記事に対するコメント

また凄い山へ登ってきましたね。マイナス2度とは...お天気にも恵まれ素晴らしい
景色を眺めて「山男」して良かったと思われたのでは、
meちゃんの山みやげも色々 素敵な景色を見ても、良い温泉に入ってもやっぱり奥さんや孫のことはいつも頭の中にあるようですね。
来月15日は楽しみにしています。
【2007/10/26 21:08】 URL | ミッキー #- [ 編集]


自然と向き合える体力の大切さを痛感しています。
【2007/10/26 21:31】 URL | chaser2463 #- [ 編集]

今日はありがとうございました
今日のUPGゴルフコンペでご一緒させていただいた小林です。奥様のステデイなプレーと可愛いパフォーマンスのお陰でとても楽しい一日を過ごすことが出来ました。ありがとうございました。また綺麗な山岳写真と機知に富んだ記事を拝見して感服しています。私も山が好きでリタイア後もかつての会社の山仲間と一緒に山登りを楽しんでいます。先月は仙丈ケ岳に登ってきました。あいにくの天候で視界が悪く写真は1枚も撮れませんでした。二日間ただひたすら雨の中を行軍したという印象しか残っていませんがそれも「自然が与えた試練の一つ」と自分に言い聞かせています。今後も時々このブログを覗かせていただきます。新しい山の写真を期待しています。
【2007/10/28 22:21】 URL | 小林 #- [ 編集]


『普段使いすぎて擦り切れた都会人の感覚が山に這入ることによって
研ぎ澄まされ、美しさへの傾斜の度合いとか心の充足とかだけでなく
危険をも事前に膚で察知することができるようになるのだろう』
非常に心ひかれ改めて日々の生活を考えさせられます言葉ですね。
我々若人も都会に慣れ過ぎては行けないと自警の念にかられました。
前回の紅葉に続き、写真の出来栄に感服いたします。
来年はそろそろ一眼レフですね!
【2007/10/31 01:10】 URL | たー #- [ 編集]


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