俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
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俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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残雪の秋山郷
 江戸期の名著「北越雪譜」(鈴木牧之著)で広く世に知られるようになった僻村、秋山郷。
新潟県側に8集落、長野県側に5集落、 東に苗場山 西に鳥甲山に挟まれた山間地域で
中津川沿いに南北に小集落が点在する。

 時折、孤立が伝えられるほどの豪雪地帯であるが 例年になく今年は積雪量が少なく、
ノーマルタイヤでも新たな降雪がなければ可との情報を得て、
魚野川と雑魚川が合流し 中津川となって降る国道405号線の終点、
最奥の集落 切明温泉に宿をとった。

DSC00258.jpg DSC00262.jpg 切明温泉の浅い春
                    フキノトウもツクシも再び雪の下 (写真はクリックして拡大してください)

 四十年以上もの昔、秋に妻を伴いこの中津川沿いの鄙びた温泉を泊まり歩き、
木地師の細工物をいくつか購入したのが この地を訪れたはじめ。
その後、登山に温泉にこの詩情豊かな僻村が好きで何度も訪れている。
最近では8年前の初夏に 小赤沢集落から苗場山を歩いた。(拙ブログ 2008年7月苗場山)

P1010046_20160413143236516.jpg P1010010_2016041314332472a.jpg 小赤沢集落の温泉と苗場山山頂(’08年7月)

4月11日(月)
 秋山郷への国道405号線に入るころから 予報通り幸いにも雪がちらつき始めた。
黒灰色の雪雲が山肌を降り来て いかにも秘境への入り口といった風情を醸し出す。

DSC00236.jpg 雪雲に覆われ始めた秋山郷入り口

 秋山郷入り口 新潟県側集落の見玉や逆巻では はや桜が咲き始めていた。
晴れていればコブシやシダレザクラと白い嶺の組み合わせが美しいことだろう。
路面が雪に覆われぬうちにと最奥の切明温泉へと急ぐ。

DSC00238.jpg DSC00240.jpg 道路わきの雪模様

 奥地に向かうに従い 路肩の森や林の木々の白さが際立ち、妖精の森を演出する。
昼前に秋山郷最奥の集落 切明温泉着。

DSC00250.jpg DSC00256.jpg 宿の前の吊り橋と魚野川・雑魚川合流点

 降りしきる雪の中、旧六合村野反湖へ抜ける東電歩道を散策したり、
魚野川沿いの河原の手掘りの湯を覗いたり その後は湯浴み三昧。
本日の泊り客は私ひとり。

DSC00241.jpg DSC00249.jpg 内湯と露天風呂
切明の湯はカルシウム・ナトリウム・塩化物・硫酸泉 源泉温度54度

DSC00253.jpg DSC00254.jpg 魚野川河原の手掘り露天湯


4月12日(火)
 早朝から晴天なるも路面の雪が緩むのを待って 10時に宿を立つ。
まだ山菜の採取できないこの季節、みやげは骨酒用の岩魚の干したものにした。

DSC00265.jpg DSC00266.jpg 晴天の切明

DSC00271.jpg 鳥甲山を仰ぐ

 残雪の鳥甲山と苗場山を眺め、
秋山郷の名の由来と考えられている「大秋山」という集落の跡地を訪れる。
1783年(天明3年)の飢饉によって この一村8軒が全滅したと「北越雪譜」に記されている。

DSC00281.jpg 鳥甲山の麓に位置する屋敷集落
DSC00280.jpg 東の苗場山
DSC00274.jpg 大秋山村途中の碑
               雪深くこの先 8人の墓のある集落跡地までは歩けなかった


 小赤沢集落の秋山郷総合センター「とねんぼ」に立ち寄り、往時の民俗資料を探り、
まだ若い女性職員に最近の集落の様子を聞く。
やっと春が来たと心待ちしていたような明るい応接が好もしかった。
さらに大赤沢集落で蛇淵の滝を覗く。
伝説の如く 上流部は細く長い尾のようにうねり、滝壺は鎌首、
陽に照らされて流れ落ちる水は銀色の腹のように光っていた。

DSC00287.jpg DSC00286.jpg 蛇淵の滝

DSC00290.jpg この滝への降り口で見つけたイワウチワ

 清流中津川に沿ってさらに北上、結東集落近くの見倉の吊り橋を歩く。

DSC00293.jpg 中津川の清流

DSC00294.jpg DSC00297.jpg DSC00296.jpg 見倉橋

吊り橋への杣道で出遭った春の使者
DSC00298.jpg DSC00299.jpg DSC00300.jpg
ショウジョウバカマ     ジロボウエンゴサク

 桜はまだ蕾で 辛夷が咲き始めていた。
帰途、JR飯山線津南町から 関越道塩沢・石打ICへ向かう途中、魚沼三山方面の
白き峰が美しかった。

DSC00304.jpg

 残雪の峰へは登れなかったが、
早春賦に謳われるような僻村を訪ね歩き、想い出を遡って静かなひとときが味わえた旅であった。

DSC00301.jpg DSC00302.jpg









































閑居(墓参)
 彼岸は妻の両親の霊園へ、
今月は父祖の代からの多摩墓地、現多磨霊園に墓参。
かって旧東京市には 青山・谷中・染井・雑司ヶ谷・亀戸の公営墓地があった。
が、急激な市街地化による人口増加に伴い 都下の府中市と小金井市に
またがる旧多摩村に 日本最初の公園墓地(40万坪)として
この霊園が造られたとか。

多磨霊園                     (写真はクリックして拡大してください)

DSC00190.jpg DSC00191.jpg

DSC00203.jpg DSC00205.jpg DSC00206.jpg

 今の季節、霊園内は松の緑と桜並木が美しい。
この霊園には
 大久保一翁  西園寺公望  大平正芳  ・・・(政治家)
 東郷平八郎  古賀峯一    山本五十六・・・(軍人)
 有島武郎    田山花袋    江戸川乱歩・・・(作家)
 梅原龍三郎  岸田劉生    岡本太郎  ・・・(画家)
 上原謙     岡田嘉子    夏目雅子  ・・・(俳優)
 また 岡本一平・かの子、与謝野鉄幹・晶子夫妻をはじめ 各界の著名人の
墓が多いことでも知られている。

DSC00189.jpg ヴェネチアンレースのような山桜



 小宅近くの路地や庭先はまさに 春たけなわ

DSC00214.jpg DSC00211.jpg DSC00228.jpg

DSC00207.jpg DSC00210.jpg DSC00226.jpg

DSC00224.jpg DSC00230.jpg DSC00221.jpg

 「今年は例年になく雪が少ない」との便りを得て、来週は新潟・長野の県境「秋山郷」を
訪ね、まだ浅い春の息吹を求めて鄙びた里を歩いて来ようと思う。
残念ながら 残雪の鳥甲山や苗場山までは足を延ばせそうにない・・・。








  






閑居(春の小景)
DSC00165.jpg 土筆の原      (写真はクリックして拡大してください)

見沼の通船堀
  かって穀物輸送のために設けられた小川の掘割・通船堀。
 その土手堤は いまは静かな散歩道となっている。


DSC00160.jpg DSC00163.jpg DSC00184.jpg
桜並木と竹林の間の静かな流れ


DSC00157.jpg ユキヤナギの小径


DSC00166.jpg DSC00172.jpg ここで採取した土筆とその佃煮

  フキノトウやツクシ、ワラビなど この季節の採りたての山菜には
 あえかな風味があって、ちょっとしたほろ苦さが伴うその味には気品がある。



調(つきのみや)神社の夜桜

DSC00173.jpg DSC00175.jpg DSC00181.jpg


 古今、津々浦々でその姿が愛でられてきた「さくら」。
年初に南の島からはじまり、5月の北の大地へ駆け抜けるその風情に
我々日本人はそれぞれの想いをのせてきた。
 フリーになったら桜前線を追って北へ、そして紅葉前線に乗って北から南へ・・・
そんな旅をしたいと思ったこともあった。
高嶺では 7月になっても峰ザクラに遭えるし、年末降雪間近の冬桜も
山歩きをする者にとっては心象風景のひとつであった。