俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
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俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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四国剣山
「山行クロニクル No.95」

 石鎚登山の翌日、ひそかに期待していた「瓶ヶ森林道」を走りだす。
この林道、そのほとんどが森林限界を越えた標高の道で、なめらかにうねる笹原の
印象的な隆起平原を抱えた峰が 次々と眼に飛び込んでくる。

 よさこい峠・シラサ峠を過ぎ、瓶ヶ森(1896m)山腹で車を止め 笹原の縦走路を
歩きたかったが、この日は林道工事の時間規制がしかれ のんびりすることは
適わなかった。至極残念。

P1050618_2014052814265292e.jpg 林道から石鎚山を眺む       (写真はクリックして拡大して下さい)

 この地出身の版画家 畦地梅太郎氏の画文を想いうかべながら
自念子ノ頭(1702m)、東黒森(1735m)、伊予富士(1756m)と 朝陽を受けて
キラキラと輝く笹原が招く峰々を仰ぎつつ走り抜けるしかなかった。

P1050617.jpg P1050620.jpg P1050619.jpg P1050623.jpg
自念子ノ頭         伊予富士           アケボノツツジの尾根                      

 この瓶ヶ森・西黒森一帯は 機会を得て是非再訪したいものだ。

 瀬戸内西条市を隔てる寒風山を貫くトンネル手前で 心地よい瓶ヶ森林道は終わり、
194号線を経て国道439号線へ。
え!、これが国道? 対向車に出遭うたびどちらかが後退を余儀なくされる村道のような
幅員3m程度の「酷道439号」の京柱峠を抜け、山村、東祖谷の集落に入る。

 山と谷にひろがる風景こそ過疎そのものであるが、東京近郊の奥秩父や道志などと
同じく 西祖谷も東祖谷もその素朴な生活がテレビ画面に流れ過ぎている。
 ここ「祖谷のかずら橋」は いまや観光地そのもの。

P1050629.jpg P1050624.jpg P1050625.jpg P1050626.jpg 
祖谷のかずら橋

 この先 山中深く三嶺登山口に近い奥祖谷の二重かずら橋の方が、登山者やハイカーのみで
まだ幽谷の雰囲気に満ちていた。
剣山の登山口 見ノ越着。
背後の剣山は山腹に隠れて見えないが 拓けた西に小さくピラミダルな頂を持つ三嶺が
迎えてくれる。
 この三嶺(1893m)から高ノ瀬、次郎笈(1930m)、剣山(1955m)への縦走が好まれて
いると聞く。

P1050654.jpg 三嶺を望む

 5.23(金) 笹原光る剣山を歩く

 P1050630.jpg 登山口の剣神社

 まだ雲が山越えに至らず 灰色の空の下、ゆっくりと8時に宿を出る。
剣神社の登山口からリフト頂上の西島までのんびり50分。
9時から動きはじめたリフトの客2~3人とここで合流する。

P1050637.jpg 山頂部の登山道図

 陽が覗かないため花弁をまだ開かないミヤマカタバミともう目を開けたネコノメソウなどに
縁取られた「尾根道コース」を辿る。

P1050632.jpg P1050635.jpg

P1050631.jpg P1050634.jpg P1050636.jpg 尾根道コース 点描

 時折 射してくる陽光が風に靡く笹原を 光のうねりに変え、山頂を広く見せる。
木道が交叉する剣山(太郎笈)山頂 10時前着。
雲の切れ間に次郎笈への尾根道がとりわけ美しい。
この薫風に吹かれて歩いたら いかにも心地よさそう・・・。

剣山山頂
P1050639.jpg P1050646_2014052815325156d.jpg P1050641.jpg P1050647.jpg

P1050644.jpg P1050649.jpg 次郎笈への尾根道

P1050651.jpg たよりなくしまりのない雲海

 下山は「大剣道コース」を選び、大剣岩と大剣神社に詣でて降る。
谷越えに次郎笈から三嶺に続く稜線が眺められるこのルートの方が 往路の「尾根道コース」
よりもはるかに趣を感じる。

「大剣道コース」 点描
P1050652.jpg P1050653.jpg P1050654_20140528154534a03.jpg P1050659.jpg

P1050655.jpg P1050657.jpg 大剣岩(お塔岩)と大剣神社

 西島から先の降りはリフトで下山。座ったまま心地よいそよ風に吹かれ、
萌える若葉の視界を楽しんだ。
単峰としてはどこか物足りない剣山。
この峰だけであればせめてキレンゲショウマの咲く頃が望ましい。
やはり三嶺や次郎笈とともに笹原の尾根道を楽しむ山群なのであろう。

 下山後、徳島市へ移動。
藍染め・和三盆・なると金時・海産物などの名品を 踊りの模範演技を見せてくれる
「阿波おどり会館」で調達、翌日の帰京に備える。

 18(日)にこの徳島港についてから 四国を東西に横断往復、900キロの走行を
記録して 24(土)の東九フェリー「さうす」に乗船・・・
ひとり充足した四国路を後にした。

 今回は四国脊梁山脈(赤石系・石鎚系・剣山系)のうち 石鎚山と剣山の単峰を
それなりに歩くことができた。
「お遍路接待」という長い伝統が 心と立ち振る舞いの根っこにあるこの地の人々、
どこでもその優しさが感じられる日々であった。

P1050665.jpg 東九フェリー 「さうす」

P1050666.jpg 眉山を望む徳島港

P1050670.jpg P1050673.jpg 海路東京へ        (写真はクリックして拡大して下さい)










 


















 






石鎚山・剣山
 幾度となく訪れた四国、しかし この地でよく知られた赤石山、石鎚山、瓶ヶ森、笹が峰、三嶺、
剣山などなど、いずれの峰も歩いたことがない。
いままでの四国は いつも海と川と温泉であった。この地には都会人の旅情を誘うあまりにも著名な
岬と川と渓が多すぎる。

 今回は長年訪れてみたいと想っていた西端の佐田岬と その帰途、ひとつふたつの峰を拾って
歩こうと、東京~四国を直接結ぶ唯一のフェリーに車と共に乗り込んだ。
長距離フェリーは北海道の峰々への遠征以来である。

P1050521.jpg P1050618.jpg P1050646.jpg
佐田岬灯台        石鎚山            剣山          (写真はクリックして拡大して下さい)  

 まだ若い頃、四国の峰を知ったのは 戦後間もない頃に深山を放浪した愛媛出身の版画家
畦地梅太郎氏の画文集(「山の眼だま」「山の出べそ」)によってであった。

山行クロニクル No.94 石鎚山・剣山        単独
’14.5.17(土) 浦和=東京有明港 東九フェリー=四国徳島港へ           (船中泊)
    5.18(日) 徳島港=徳島自動車道阿波SA(阿波土柱)=新居浜       (泊)
    5.19(月) 新居浜=別子銅山・東平地区=佐田岬灯台=三崎港       (泊)
    5.20(火) 三崎港=八幡浜市=国道380号線=石鎚スカイライン=土小屋 (泊)
    5.21(水) 土小屋~石鎚山~土小屋                        (泊)
    5.22(木) 土小屋=瓶ヶ森林道=国道439号・京柱峠=祖谷・かずら橋
            =奥祖谷二重かずら橋=剣山見ノ越                  (泊)
    5.23(金) 見ノ越~剣山~見ノ越=国道438号経由徳島市           (泊)
    5.24(土) 徳島港東九フェリー=東京有明港へ                    (船中泊)
    5.25(日) 有明港=浦和


 夕方、東京有明港に着き 東九フェリー「うえすと(11,500トン)」に乗船、19時30分出港。
四国東端の徳島港に向かう。
翌朝、尾鷲沖の熊野灘から 大台ヶ原・日出ヶ岳と大峰奥駈道を望み、山上ヶ岳から八経ヶ岳・釈迦ヶ岳
への懐かしい稜線に見入る。
潮岬灯台を廻り込むと もう徳島港は近い。

P1050488.jpg P1050489.jpg 東九フェリー「うえすと」とゲイトブリッジ

P1050671.jpg 紀伊半島 潮岬灯台

 この日は徳島自動車道阿波SAで一時停車。昭和9年に はやばやと国の天然記念物に指定された
「阿波の土柱」を散策、見物する。
吉野川流域の藍の里(藍染め)に興味でも無い限り なかなか立ち寄ることのない奇勝地である。
時の造形美は地質によっては思いがけないものを見せてくれる。

P1050498.jpg P1050497.jpg 阿波の土柱

 この土柱を詳細に紹介して下さったのは 四国剣山の名花「キレンゲショウマ」をハンドルネームに
していらっしゃる友人のブログ「http://zeolite3.blog4.fc2.com/」であった。

 四国中央部瀬戸内海沿岸の新居浜市泊りの翌日は 住友の別子銅山跡・東平地区を訪れた。
長年の採鉱によって荒れた山林は企業努力によっていまや修復され、新緑の森と谷と渓の中に
レンガで築かれた索道基地跡や採鉱施設が赤錆びて佇んでいた。
おしなべて鉱山跡には共通の風が吹いている。

P1050505.jpg P1050508.jpg P1050515.jpg 別子銅山 索道基地跡

P1050512.jpg 奥に西赤石山

P1050504.jpg ちょっと目立ったハンカチの木(まだ花は咲いていない)

 この東平地区からは銅山越を経て 西赤石山へ登る方が多いようだ。

 午後、念願の佐田岬半島へ入る。
四国最西端、瀬戸内海と宇和海を隔てる52Kmも直線的に伸びた風の半島である。
今宵の宿三崎港を通り抜け さらに突端の佐田岬灯台へ向かう。
駐車場から灯台までの遊歩道は往復3.6km、いかにも南国の岬といったツバキやスダジイなどの
常緑灌木とハマユウなどの草木の小径を 左右に美しい入り江を眺めながら往く。

P1050517.jpg 灯台への遊歩道

P1050518.jpg P1050519.jpg P1050527.jpg P1050525.jpg

P1050521_20140525202550cc2.jpg P1050526.jpg 佐田岬灯台

P1050524.jpg P1050523.jpg 豊予海峡の対岸 高島と佐賀関半島を望む

 対岸、九州大分の佐賀関半島までわずか14km。春霞の中でも佐賀関がはっきりと見えていた。
風の渡る灯台のすぐ近くでは 旧日本軍の砲台跡地があり、この地がかっては要塞地帯で
あったことがわかる。
厳しく孤独であったろう灯台守の生活や戦時中の要塞の逸話が偲ばれる。

 豊予海峡(速吹瀬戸)の味覚、対岸では関サバ、関アジとして有名であるが、
遅まきながらこちら側でもハナサバ、ハナアジとして全国的に売り出しているようで、
夜は 地のイセエビ、ハナアジ、ハナサバ、タイ、ヒラメ、タコの刺身、
貝類はアワビ刺し サザエの壺焼 そしてメバルの煮つけなどなど 海の幸を満喫した。
宿の女将は この海流に揉まれた活きのよいサバやアジの一本釣り魚場は
こちら三崎港の方が近いのに・・・と、ブランド力の違いに地元漁師が気の毒だ と
言っていた。

P1050542.jpg P1050543.jpg 国道九四フェリー

P1050545.jpg 三崎港

P1050544.jpg 佐田岬は風の半島

 佐田岬を縦貫する国道197号線は ここ三崎港からフェリーに継がれ、九州佐賀関港で
再び国道197号線となる。
いわゆる国内数か所で見受けられる「国道フェリー」である。

(追記) ここの「九四フェリー」は早朝から深夜まで一日に13便、需要の高さがうかがわれる。
 「国道フェリー」とあるからには 海峡横断橋か海底トンネル等の計画があるのだろう。
地元の方の話でははやくから「海底トンネル」の計画あるも 採算面で難しく、実現の見込みは
薄いとのこと。

 雨模様となった次の日は 佐田岬の名品を求めた後、八幡浜市を抜け内子町から
次の札所まで40kmを越える「歩き遍路泣かせ」の国道380号線を走る。
篠突く雨のなかを思い思いのスタイルで黙々と歩を進めるお遍路さん、
その胸中ははかるべくもない・・・。

 もう40数年もの昔、妻と訪れた名渓・面河渓手前で石鎚スカイラインに入り、
石鎚登山口 土小屋に着く。
明日は待望の登山・・・、瓶ヶ森が雨に煙って見えていた。


5.21(水) 墨絵の石鎚山を歩く

 夜通し降り続いた雨もようやく朝7時過ぎにあがった。
が、標高1500mのこの土小屋付近はまだ雲の中で 灰色の海に沈んでいる。
平野部では午後は晴れるという予報だが、おそらく山頂部は午後になっても
視界は無いだろう と地元の方が言う。
9時まで待って足を踏み出す。
歩きはじめはドウダンツツジ、ミヤマカエデ、ミズナラ、ブナ、ノリウツギなどなど・・・。

登山道 点描
P1050550.jpg P1050549.jpg P1050551.jpg P1050554.jpg

P1050557.jpg P1050559.jpg アケボノツツジ

 ガスの中 標高1600mを越え 薄墨色の鶴ノ子ノ頭をぼんやりと眺める付近になると
灰色の世界に薄明るいピンクの蝶がチラチラしはじめる。
さらに標高1700m、東稜基部はこのアケボノツツジが美しい。
今年は関東近郊のアカヤシオを見損なったので とりわけこの眺めに驚喜した。
グレイと淡いピンクのパステルカラーのとりあわせは山では少ない。

 「二の鎖」まで幾つかの沢を渡るが、ほとんどの沢にまだ雪渓が残っており
開山前とて桟道が埋まっていたり、崩壊している雪上のトラバースは ステップがいつ崩れるか
わからないほどグズグズになっていた。

登山道 点描
P1050565.jpg    P1050566.jpg P1050568.jpg P1050569.jpg

P1050570.jpg P1050574.jpg P1050575.jpg

 雨にぬれた「二の鎖」は相当な握力と腕力が要りそう、  年寄向きの迂回路の階段を登り、
余力を残して「三の鎖」を試そうとしたが、この三の鎖は開山日(7/1)の前日まで工事中とかで
挑めず。 残念というより納得する心に近い。
結局、再び一般路の急階段へ。
この信仰の峰は いまだ開山日は女人禁制としているとか。

P1050595.jpg P1050592.jpg 下から見上げた「二の鎖」

P1050590.jpg 上から見下ろす「二の鎖 上部」

P1050577.jpg 「三の鎖」は工事中

P1050578.jpg 「お上りさん」と「お下りさん」に分かれた階段

 シラベとイシヅチザクラに囲まれ強風とガスの弥山着、11時30分。
表参道成就社からの登りの方々も含めて先着者は十数人。

P1050583.jpg P1050579_20140525220950b28.jpg P1050580.jpg 弥山山頂の社

P1050585.jpg 山頂の三角点

P1050582.jpg イシヅチザクラ

 山頂のイシヅチザクラは真っ白で可憐、気品がある。
桜のなかで最も遅く咲くこの峰ザクラはこれからが見頃。
弥山三角点から15分ほどの指呼の距離にある最高峰天狗岳(1982m)方向をみるも 
まったく視界無し。
1時間近く待機すれども変化なく これでは・・・と足を踏み出さなかった。
最高点を踏みたい何人かの方々は天狗岳まで往復されたようだった。


 下山途中、東稜基部を過ぎる頃から視界がわずかに広がった。
鶴ノ子ノ頭もアケボノツツジの彩りが際立つ。
山側の笹藪ではウグイスが 谷側の樹間からは筒鳥の声があがってくる。
まさに薫風踊ると表現される山道に近づいてゆく。
しかし、何度振り返っても山頂のガスがとれず、石鎚山の山容を登山道から
写真に収めることは適わなかった。

晴れ間も覗いた下山道

P1050591.jpg P1050597.jpg P1050601.jpg P1050606.jpg

P1050605.jpg 岩と霧、アケボノツツジの彩りが美しい

P1050607.jpg P1050609.jpg P1050611.jpg

P1050608.jpg オオカメノキ

「山のしずけさは 白い花」  (山頭火)
ここ愛媛松山で没した漂泊の俳人 種田山頭火の句が思い浮かぶ。

P1050612.jpg                             (写真はクリックして拡大して下さい)
                                   

「四国剣山」へ続く