俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
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俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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比企三山
P1030409.jpg P1030410.jpg P1030405.jpg
笠山             堂平山            大霧山          (写真はクリックして拡大して下さい)

 私達世代の東京育ちには その響きが好もしい武蔵野台地、その西部に広がる奥多摩と
北に繋がる武蔵丘陵は、児童の頃、嬉々として大人たちに連れられて歩いた記憶が残る地域である。
いまにして想えば、往時は高麗や比企・騎西などその地名とともに帰化人の里としての風情を
残していたものである。

 この武蔵丘陵に比企三山がある。
笠山(837m)、堂平山(876m)、大霧山(766m)の三山、
毎年4月に行われる私鉄主催の外秩父七峰ハイキング(全行程 42.195キロ)に
含まれている。

 あまり意識したことは無いが三山というと、出羽三山、越後三山、白馬三山、立山三山、
白峰三山、荒川三山、鳳凰三山、伊予三山などが著名で、
関東地方には この比企三山の他、奥多摩三山、高水三山、上毛三山、日光三山などがあり、
その他全国的には枚挙にいとまがない。
今日は夕方までの空き時間利用での下見ゆえ、この地の峠から峠へと車を走らせた。

 比企三山を形作るこの小丘陵は、すぐ傍らを県道や林道が走り、
登山道はこの車道で細切れになっており いささか興を削がれる。
白石峠から堂平山へ。

P1030390.jpg 白石峠

P1030400.jpg P1030402.jpg 稜線のマユミとリョウブ

一等三角点の堂平山山頂からの眺望
P1030391.jpg 堂平山 山頂

P1030398.jpg P1030396.jpg P1030393.jpg P1030394.jpg
甲武信岳方面       両神山            浅間山           白銀の谷川連嶺

 堂平山から定峯峠へ降り 再び小集落の里を走り上がり、
秩父から江戸へ抜けた昔峠のひとつとして知られた粥仁田峠から大霧山を望いた。

P1030412.jpg 定峯峠

P1030413.jpg P1030417.jpg 粥仁田峠 残柿と大霧山

 この界隈、ユズやアオキ、アセビのような常緑樹とリョウブやツツジ、コナラなどの落葉樹の
混交林の良さが感じられる。
まだ雪の来ない稜線では 空には木々が落葉してヤドリギが目立ち、地にはマンリョウなどの
実が鮮やか、ドライフラワーも造形の美を見せてくれる。

 帰途、和紙で知られた小川町へ出て、和紙工房に立ち寄り
孫娘Meiへのみやげを整え何となくホッとする(今晩は我が家へ泊りに来る日)。
さらに梅林の里、越生へ走るが、まだ花芽は小さく 旧臘訪れた水仙とあわせて 
日本画でいう「双清」を愛でることはできなかった。

P1030421.jpg P1030422.jpg P1030424.jpg
                原料のコウゾとトロロアオイ



P1030428.jpg 私のホームコース・越生の日本カントリークラブのアウト1番ティから
真正面に笠山が見える。
地元のキャディさん達は「おっぱい山」と呼んでいた。
 やはり山はその高さ以上に 里から離れた奥深さが趣を濃くするのかも・・・、
と納得した下見行だった。(’12.1.13)
                                  (写真はクリックして拡大して下さい)