俄歩
「山に登ること」 は、与えられた条件の中で新しい経験を積むことに 他ならない。 だから、  自然と向き合える体力  自然を味わえる感性  自然に応えられる知力  を大切にしたい。
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Author:俄歩人 (がふと)
 学生時代に歩いた山、歩きそびれた山をひとり
静かにたのしんでいます。



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奥多摩・大岳山
 12月、1月と山行の機会を失し、ぬくぬくとした日々を過ごしていたので、雪の低山を歩き
氷点下の山小屋泊で耐寒訓練でも と思い、奥多摩三山のうちまだ登っていないニ山、
大岳山と御前山を歩こう と 今年の春一番が吹き荒れた低気圧の通過中に奥多摩・御岳
に向かった。

 この奥多摩三山は日本山岳耐久レースのコースとなっており、毎年秋には 夜通し駆け抜ける
2000人近いトレイルランナーで賑わうそうだ。
残念ながら、昨年10月の第25回大会では初の滑落死亡事故が起きてしまったが・・・

DSCF1748.jpg 大岳山 山頂からの富士
                     (写真はクリックして拡大してください)

「山行クロニクル No.18」  大岳山
 ’08年2月24日(日)〜2月25日(月)  1泊2日  単独

2.24(日)浦和〜御岳 滝下〜御岳山〜大岳山荘〜大岳山〜鋸山〜大岳山〜山荘(泊)
2.25(月)山荘〜大岳山〜御岳〜浦和

 7時30分浦和出発、強風の中、高速道を使わず 青梅線の御岳山麓まで一般道を走る。
10時発のケーブルカーで御岳山頂近く、標高818mまで。このケーブルカーの最大斜度は
25度、約6分の急登。山頂近くの樹木にはムササビの巣が幾つか取り付けてあり、
夜のイベントとしてムササビの滑空の鑑賞会をやっているようだ。

 御岳神社に参拝し、大岳山への雪に埋もれた登路で高度を稼ぐ。まだ強風が吹き渡っている。
予報では夕方には治まるだろうとのこと。
DSCF1757.jpg DSCF1756.jpg DSCF1752.jpg
御岳山 神社と宿坊   御岳神社          大岳への登山道

 すっかり裸木になった樹林の中、ハゼの木が2〜3本 まだ梢に白い実を揺らしていた。
昔はこのハゼの実から蝋を摂ったとそまびとに教わったが、いまでもそうなのだろうか。
途中、芥場峠を越えたところに山岳耐久レースの55km地点の標識と炊き出し小屋があった。

坦々とした雪の山道を歩くこと2時間、大岳山荘前のテラスにでて昼食。
ここからアイゼンを着け大岳神社横の凍った急登を攀じり、標高1266mの大岳山頂。
奥多摩の山にしては山頂が幾分拓け視界が良い。
真正面(南西)に秀麗な富士、左(南)に丹沢山塊、右(西)に大菩薩嶺が、さらに往く手(北)
近くに御前山、その奥に雲取山 酉谷山 鷹ノ巣山などが望まれた。

DSCF1749.jpg DSCF1748.jpg DSCF1750.jpg
大岳山頂                        手前・御前山 中・三頭山 奥・大菩薩嶺

 山頂にはコガラ、シジュウカラ、胸のオレンジが可愛いヤマガラなどが遊んでいた。
御前山への尾根道に入ると、この雪道を短パンに薄手のトレーニングシャツ、ランニングシューズ
の30歳前後と思われる登山者?と出逢う。耐久レースのトレーニングですか? と聞くと
そのつもりで来たのですが、まさかこんなにまだ雪があるとは思いませんでした。走るどころか
速足にも苦労しています・・・。サブザックも持たないようなので 水とチョコレートを差し出し
たが、大岳山荘で何か手に入れますから と立ち去った。

 強風に揺れる裸木の中を歩くこと1時間半、鋸山と御前山の分岐にかかり 往く手の
御前山(1405m)を眺める。あまり変わり映えしない山容、今日はここまでとし再び大岳山
を越えて山荘まで戻ることにした。

 15時45分 大岳山荘着。本日の泊り客 私一人。
私以上に無口な小屋主で
 15:45 「こんにちは 今日はお世話になります」
         「・・・」
         「夕食は5時半、朝食は6時」
       「わかりました ビールはありますか」
         「貯蔵庫から取って来ますので往復30分かかります」
       「すみませんが御願いします」

 16:30   「ビールが凍っているのでこの湯に浸けてから飲んでください」
       「えっ そうですか」

 17:30   「夕食が出来ました」
       「はい ありがとう」
 18:00 「ごちそうさま おやすみなさい」
         「隙間風が強いので好きなだけ布団と毛布を使ってください」
       「ありがとう」
その日の二人の会話はこれがすべて・・・

 2階の大部屋はすこぶる寒い。耐寒訓練のつもりだったのでビバークよりははるかに暖かい
と言い聞かせたが、夜半過ぎからは毛布を追加しても寝付けない。
室内で氷点下3〜4度だろうか 顔が強張った。

 翌朝、7時30分みたび大岳山頂へ。晴天。コーヒーを沸かし、奥多摩や丹沢の峰峯を眺めて
早朝の静かなひとときを楽しんだ。十分満足し、御前山を止め下山。
朝の凍った雪道はアイゼンが気持ちよく効いた。 浦和帰着 14時30分。

DSCF1734.jpg 
  



テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

甲武信岳
2007_0512甲武信岳0023
 武信白岩山      昨年5月、時ならぬ雪に見まわれた甲武信岳山行
              (写真はクリックして拡大してください)

「山行クロニクルNO.8」 甲武信岳・三宝山・白岩山
’07年5月10日(木)〜5月12日(土)   2泊3日   単独

5.10(木)浦和〜中央道須玉IC〜信濃川上・梓山〜毛木平(駐車場)〜西沢ナメ滝〜
       千曲川・信濃川水源〜甲武信岳〜甲武信小屋(泊)
5.11(金)小屋〜甲武信岳〜三宝山〜白岩山〜大山〜十文字峠〜毛木平〜梓山・白木屋旅館(泊)
5.12(土)梓山〜野辺山高原〜佐久〜上信越道〜浦和

 週間予報にはなかった低気圧が急速に発達しながら近づいているとの予報の中、早朝
5時半に浦和を出発、9時少し前に信州梓山・毛木平駐車場着。
2007_0512甲武信岳0001  2007_0512甲武信岳0031 カラマツとシラカバの若木が美しい毛木平

 9時過ぎ、カラマツとシラカバの樹林を縫って千曲川・信濃川の源流目指し登り始める。とり
わけカラマツの芽吹きが5月らしい明るさを醸しだしていた。因みに、甲武信岳(2475m)は
荒川(東京湾)、笛吹川・富士川(相模湾)、千曲川・信濃川(日本海)の三川の分水嶺。

 雪解け水を集めた清流の沢沿いをのんびり歩く、西沢のナメ滝が美しい。水源まではカラ類
(コガラ、ヒガラ、シジュウカラ)やサンコウチョウが多い。標高1900mを過ぎると残雪、ツガ
の幽林となり、今にも降りだしそうな曇天と相まって暗い樹林が続く。奥秩父山塊ならではの
風情だ。何回かの徒渉を繰り返し水源の碑のちょっと拓けた所で雪の上に腰を下ろし、簡単
な昼食。
2007_0512甲武信岳0004 水源の碑

 残雪で埋もれた水源の碑から上はシラビソやトウヒの遠目には黒い森の急登。国師ヶ岳・
水師から続く尾根に出る頃から急に風が強まり、雷鳴が轟き雪となった。
甲武信岳頂上直下で20分ほど雷の通過待ち。2475mの頂上はミゾレ交じりの雪のため展望
なし。ここまで一人の登山者にも遇わず静けさと寂しさを満喫する。
2007_0512甲武信岳0015 甲武信岳頂上

 築35年の甲武信小屋は外壁や窓が隙間だらけで氷点下の外気とほとんど変わらず零度、
持参したカミさん手作りの翌日用の握り飯が室内で凍った。
泊り客は私のほか2組3人。小屋番と酒を飲みながら四方山話のなか、彼も北岳山荘の小屋
責任者 I氏をよく知っているとのことでキタダケソウとこの山域では絶滅したアツモリソウが
肴になった。 
                                  2007_0512甲武信岳0011甲武信小屋
 一晩中季節外れの雪(残雪30cmの上に新雪20cm)。
翌朝、天候の回復を待ってゆっくり8時に小屋を出る。甲武信岳への登り返し、さらに三宝山
(2483m)、武信白岩山(2280m)から十文字峠への道も真っ白、我が踏み後だけが後に
残った。
2007_0512甲武信岳0014  2007_0512甲武信岳0016  2007_0512甲武信岳0023

しかし、新雪の下、溶けかかった残雪はすぐ膝までズボッと潜り、その度に足を引き抜くのが
辛い。本日も甲武信岳からの眺望はなし。三宝山から白岩山への途中で青空が覗くように
なった。アイゼンを着けたままのクサリ場はちょっときつかったが樹氷と岩峰の白岩山は素晴
らしかった。西方は晴れて昨日の新雪を冠した南八ヶ岳(硫黄岳、横岳、赤岳)が美しい。
残念ながら南の甲斐駒や白峰三山はまだ雲に覆われ見えず。
2007_0512甲武信岳0024 八ヶ岳遠景

 十文字峠で小屋に立ち寄り、餌場に寄ってくるシジュウカラやコガラと遊びながらビールと
おでん。奥秩父・栃本から真の沢林道を経て信州・梓山に抜けるこの峠はトウヒの林とシャクナゲ
が心にやさしく趣が深い。アズマシャクナゲは花芽を十分膨らませていたがまだ一ヶ月早い。
 木暮理太郎氏や田部重治氏等の紀行文を思い浮かべながら峠を降り梓山へ急いだ。彼らが
語った梓山の面影は、僅かに毛木平周辺のカラマツ林に残されていた。毛木平から戦場ヶ原
を経て梓山集落まで 寡っては一面カラマツの美しい林であったというところはすべて伐採
され、いまでは拓けた高原野菜の畑となっている。

 大正から昭和初期にかけて彼らがよく利用した白木屋旅館は新館が増築され、清潔な一夜
を与えてくれた。
帰路、早春の野辺山高原から見た冠雪の八ヶ岳は美しかった。
2007_0512甲武信岳0034










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