俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
プロフィール

俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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鳳凰三山(薬師岳・観音岳・地蔵岳)
 一週間前から小雪がちらつき始めたという山小屋情報、しかも出発前夜、尾根道に雪が積もったと
聞き、砂糖菓子のように周りを氷に縁取られた紅葉を写したいといっぱしのカメラマン気取りで日曜日、
午前11時過ぎ、我が家を後にした。

鳳凰三山、W.ウエストンの「The playground of the Far East」の中に、地蔵岳のオベリスクの初登頂、
また 尾瀬の父と呼ばれる武田久吉氏の明治の山旅に、シャジン(沙参、キキョウ科のツリガネニンジンの
漢名)の原種を求めて薬師岳や観音岳に登頂した記述があるが、明治・大正・昭和の初期に、
あまたの峰々に登り、素晴らしい山岳紀行文を残されている木暮理太郎氏、田部重治氏その後の
畦地梅太郎氏、上田哲農氏、串田孫一氏なども、この鳳凰三山については登高の記述が目につかない。

対峙する白峰三山(北岳・間の岳・農鳥岳)や個性的な甲斐駒ケ岳、仙丈岳に囲まれ、
あまり登頂意欲が喚起されない山なのであろうか?。
 比較的高山植物の少ないこの山はいまでは紅葉や雪の頃によく歩かれているようである。
私にとっては 寡って学生時代に一度登るべく計画したが、時ならぬ台風の襲来で見送り、その後、
北岳や仙丈岳に登った時もただ眺めるだけ。
今年も9月に甲斐駒ケ岳への道々眺め、何時かは登ってみようと思っていた山である。
計画から40数年振り、こういうのを久恋の山というのかも知れない。

 登るなら趣のある湯宿 青木鉱泉からと決めていた。
薬師岳・観音岳・地蔵岳の鳳凰三山は、奈良時代から平安初期にかけて修験者により開山され、
地元では奈良法皇(孝謙女帝)が登ったことにより、山名も法皇山と名づけられ、後に仏教の霊鳥で
ある鳳凰に因んで鳳凰山と呼ばれるようになった としている。
女性の登山によって広く山名が知られるようになった山というのは珍しい。

                                      (写真はクリックして拡大してください)
DSCF1634.jpg DSCF1626.jpg DSCF1650.jpg
薬師岳           観音岳            地蔵岳


「山行クロニクルNo.16」   鳳凰三山        3泊4日   単独

10.21(日) 浦和=中央道=青木鉱泉(泊)
   22(月) 鉱泉~中道~薬師岳~薬師小屋(泊)
   23(火) 小屋~薬師岳~観音岳~アカヌケ沢の頭~地蔵岳~ドンドコ沢~青木鉱泉(泊)
   24(水) 鉱泉=浦和

10.21(日)第一日目
 昔ながらの湯宿を髣髴とさせる鄙びてはいるが格調のある宿、青木鉱泉、 午後2時着。
DSCF1615.jpg 青木鉱泉

 宿からは 中道を直接薬師岳へ登る道とドンドコ沢を登り地蔵岳へ至る道のニ路があるが、
いずれも登り一辺倒で6時間余りの行程。
中道から薬師岳へ登り、薬師小屋泊。翌日、再び薬師岳そして観音岳、アカヌケ沢の頭、地蔵岳を
歩き鳳凰小屋からドンドコ沢を降り青木鉱泉へ周遊するルートに決める。

 3時過ぎから日曜日とて下山者で賑わい始めた宿の周辺を散策、沢グルミ、ドングリ、ヤマグリなど
の実を拾い集め、孫娘への山みやげとする。山ぶどうはてっぺんの方にわずかな小さな房、ほとんど
収穫されてしまったようだ。

下山者の入浴客多く、湯に入ったのは夕食後。ひとりのんびり沸かし湯(弱酸性泉)をたのしむ。
開湯時(延暦年間)は、現在よりももっと高所にあったといわれる青木の湯、現在の場所は
明治14年からだそうで、三代目の方が管理されていた。

10.22(月)第二日目
 晴天。いよいよ1140mの鉱泉から2780mの薬師岳頂上まで、標高差1600m強の登り一辺倒
に挑む。沢を渡り林道を歩くこと40分、中道ルートの登山口 7時着。深い混交林の中、電光形の
急登を登りはじめる。
 延々3時間、やっとシラカバ林の少し拓けた小ピークで簡単な昼食を作り、大休止。
ここまでただただ只管眺望の利かない樹林を喘いだ。

DSCF1621.jpg DSCF1618.jpg
                中道より地蔵岳を仰ぐ

 標高2000m、樹相はカラマツ林を過ぎシラビソなどが多くなっている。まだこの先700m以上の
標高差を稼がなければならない。かなりハードだ。
ここまで身軽な装備の健脚者二人に先を譲る。腹ごしらえをし覚悟を決めて再び急登に挑む。
高度2700mで視界が拓けやっと薬師岳頂上の岩塊が望まれた。
頂上(2780m)着 2時。度々の休憩も含め7時間の登り。

 秋の陽ははやくも西に傾いていたが、白砂と岩塊の頂上からは 南東に冠雪の富士、
西には指呼の間に聳える北岳をはじめとする白峰三山、さらに塩見岳や荒川岳。
皆 頂は既に雪に覆われていた。北に仙丈岳、八ヶ岳遠くには木曾の御嶽山が眺められた。
 
 吹き渡る風が冷たい。明日歩く予定の観音岳への稜線が美しく、期待値が膨らむ。
地蔵岳やその奥の甲斐駒ケ岳は間近の観音岳に隠れて見えない。

DSCF1623.jpg DSCF1638.jpg DSCF1624.jpg 
富士山            白峰三山          逆光の北岳バットレス

 すっかり冷え切った身で薬師小屋へ 宿泊手続きをし小屋の前でビールを楽しむ。
夕食時、自炊組みも含めて宿泊者は25人ぐらい。夜叉神峠からの入山者が多かった。
隣人は40歳前後、同じ中道ルートで私をすいすい追い抜いていった健脚者。日帰り登山が中心で
小屋泊まりの山行は今度が初めてとのこと。いろいろ山名を挙げどうですか と聞かれた。
夜は氷点下 4度C。

10.23(火)第三日目
 晴れ。薄日がこぼれているが結構雲が多い。6時30分、薬師岳へ登り返し、前日逆光だった
白峰三山を写す。この薬師岳から観音岳、アカヌケ沢の頭、そして地蔵岳への稜線歩きが
この山のハイライトだ。

 晩秋の柔らかい陽を一身に浴びながら花崗岩の白砂、緑のハイマツそして風に撓んだ低木の
カラマツの黄葉の間を 雪に覆われた北岳のバットレスを左に眺めながら気分良く歩く。
三山の最高峰 観音岳(2840m)までは雪は解けている。観音岳頂上、間近に地蔵岳の
オベリスクが聳え、甲斐駒ケ岳が白い三角錘を見せる。

DSCF1654.jpg DSCF1661.jpg DSCF1645.jpg
稜線のカラマツ      甲斐駒ケ岳         観音岳 頂上

 ここからアカヌケ沢の頭(2750m)までの北面の尾根は雪が凍って降りが辛い。かといって
アイゼンをつけるほどでもなくこの中途半端が怖い。アカヌケ沢の頭で三角点を探すが見つからない。

DSCF1652.jpg DSCF1650.jpg
観音岳から地蔵岳への稜線         地蔵岳

 高嶺・早川尾根への道を分けて地蔵岳直下 賽の河原へ降る。
40体前後の石の子授け地蔵が安置されている。
今は少ないようだが昭和初期までこの地蔵を一体借りて下山、枕元に置いておくと子が授かると
言われ、実現したらニ体にしてここに返す ということが行われていたそうだ。

DSCF1658.jpg DSCF1659.jpg DSCF1662.jpg
賽の河原の地蔵群    地蔵と甲斐駒       地蔵岳オベリスク

 地蔵のオベリスク近くまで登るが、その先の巨岩にはザイルを使わないととても無理。
ザレ場の急下降をしばし、鳳凰小屋 9時45分着。約3時間の尾根歩きは景色も良く大変楽しかった。
昼食を作ることにし大休止。

DSCF1663.jpg 鳳凰小屋の紅葉

 食後、出発間際に昨夜の隣人が到着。10時30分、ドンドコ沢の長時間の降りに入る。
今度は ただただひたすら樹林の中の降りに汗をかく。
50分ほど降ると沢の音が大きくなり五色の滝、さらに30分ほどで白糸の滝。登りの中道と異なり、
この沢沿いの降りは滝の変化があってちょっと気が紛れる。

DSCF1667.jpg DSCF1668.jpg DSCF1670.jpg
五色の滝          白糸の滝          ドンドコ沢

 さらに降って鳳凰の滝をパス、次の南精進の滝で休んでいるとまた昨夜の隣人が追いついてきた。
しばし歓談。この後、樹林の中を一緒に歩く途中の沢でとうもろこしのような形態の赤い不気味な
花実をつけたマムシグサを写真に撮る。一本だけ伸びた赤い実をつけた茎がマムシの背の模様に
そっくり。

 やっと降り終わり鉱泉着 3時。地蔵岳から5時間 降りっぱなし。そのまま車で帰る彼と別れ
ゆっくり入湯。汗を流し疲れを癒す。
夕食までビールと日本酒。懇意になった四代目を目指す鉱泉の若主人から木工細工を孫の土産に
頂いたり、たまたま泊まり合わせた八ヶ岳 黒百合ヒュッテ(15年前妻と泊まった)の若い小屋番氏
と話が弾んだ。これから一冬の小屋番に備えて休暇を楽しんでいるとのことだった。

DSCF1673.jpg マユミ

 夕食後再びゆっくり湯を楽しみ 8時床に就く。
6帖の一人部屋で障子を開け 窓から十三夜の月を眺めこの山行を振り返った。
こうこうと輝く月を見ていると 昭和の初期、まだ交通網の未発達の時代 この月明かりを頼りに
登山口まで夜通し峠を越えた先達たちの紀行文が思い出される。
とりわけ串田孫一氏や川崎精雄氏などは月明かりの夜道の一人歩きを楽しまれたようだ。
寝付かれぬまま山歩きのあれこれを考える。
 
 山歩きは他のスポーツとは異なり、人が作ったルールに合わせることなく自然が与えてくれた条件、
状況に従っている。いわば自然のルールに従う。それ故、山に向かうとき 山を歩くときは出来る限り
原始的な感覚を大切にしたい。その方が自然との一体感に浸れると思う。

 普段使いすぎて擦り切れた都会人の感覚が山に這入ることによって研ぎ澄まされ、美しさへの
傾斜の度合いとか心の充足とかだけでなく危険をも事前に膚で察知することができるようになるのだろう。
単独行はその最たるものだろう。一人だからこそ感じられる貴重な自然との対峙、単独行は登山者が
自覚すべき自己責任と常に向き合っている ということがよいのではなかろうか。

 あらためて「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えれる知力 を大切にしたい」
と考える。

10.24(水)第四日目
 泊まり合わせた登山者のひとり 同世代の人にバス便がないので市街地まで便乗させてくれと
頼まれ、JR韮崎駅まで送り 12時浦和帰着。

 やっぱり 一人がよろしい 雑草
   やっぱり 一人はさみしい 枯草     (種田 山頭火)

                                        (写真はクリックして拡大してください)


テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

紅葉の那須岳と温泉
 いつもと異なり、賑やかに紅葉を楽しむといういわば遊山の小さな旅
となった。都合4度目の那須三山へ盛りの紅葉と三斗小屋の湯を求めて
ののんびり山行である。
 この那須三山へは今年の4月、残雪の中単独で歩いた時はまだ雪が多
く、夏道はすっかり埋もれ、ルートファインディングに苦労し、小屋か
ら隠居倉への登りで悪戦苦闘、敢え無く撤退するという経験をしたばか
りである。
 今度は静けさと白さではなく、会話と彩色を味わうのが目的となった。
メンバーは家内と友人Yu氏ご夫妻の4人。


DSCF1607.jpg DSCF1585.jpg DSCF1591.jpg
10.14(日)浦和~東北道~那須ロープウエイ駐車場~山頂駅~
        茶臼岳~峰の茶屋~朝日岳~熊見曽根~隠居倉~
        三斗小屋温泉・大黒屋(泊)
10.15(月)三斗小屋~沼原分岐~姥が平~牛が首~山頂駅~
        駐車場~元湯・鹿の湯~浦和

10.14(日)第一日目
 15年振りに入山する家内と最近膝に問題を抱えているYu氏夫妻、
おまけに地元の秋祭りの世話役でありながらこの山行への参加のため
地元を抜け出す為に飲まされ過ぎて二日酔いのYu氏。
出来るだけ累積の高低差を減らす為にロープウエイを使うこととし、朝
6時、浦和を出発。まずまずの晴天。
 紅葉シーズン、しかも日曜日とあって駐車場は既に満杯。峠の茶屋の
駐車場になんとか空き地を見つけ、やれやれ。それでも1時間のロスタイム。
 ロープウエイ山頂駅 9時30分。茶臼岳の噴煙と朝日岳南面の紅葉
に迎えられ、賑やかに歩き出す。
都心のスクランブル交差点を渡るが如く、前後左右は老若男女で一杯。
最近は平日の静かな山行ばかり故、随分勝手が違う。
 1時間で茶臼岳(1915m)頂上。小休止。
眼下の姥が平のドウダンツツジなどの落葉広葉樹の紅葉が見事。朝日岳
と三本槍岳の南面も鮮やかな錦を纏っている。
その奥、北側は甲子温泉方面の旭岳、大白森山、さらに二股温泉の二股
山などが望めた。
この三本槍岳から福島方面へは残雪の時期に歩いて見たい尾根道である。
 峰の茶屋への降り、家内がザレ場でしりもち。大事に至らず。五つの
登山道が交わる峰の茶屋周辺は、小さな子供達の声も混じり大変な賑わい。
小屋脇で冷風を避け昼食。歳の割りに皆、健啖。普段はあまり昼食を
摂らない家内もおにぎり2個と副菜をペロリ。Yu氏夫妻も何だかもの足りなそう。
Yu氏の二日酔いも解消されたみたい。
 ここから朝日岳へ廻る人は少なくなり静かになった。尖った岩峰を
屹立させている剣が峰の東面を巻いてクサリ場のトラバースにかかる。
久し振りの家内は緊張ぎみ。朝日岳の肩の広場で大休止。
Yu氏夫妻はザックを置いて勇んで朝日岳(1896m)山頂の往復
に向かう。少し疲れのみえてきた家内はパス。天狗に攫われないよう
侍従役の私も待機し煙草を楽しむ。
 ここから熊見曽根への登り、三本槍岳への道を分け三斗小屋温泉目指
し、まずは隠居倉へのアップダウン。左右の尾根の紅葉が美しい。
左手の姥が平は山火事のよう。右手三本槍の山腹は笹とハイマツの灰緑
の絨毯に赤や黄色の刺繍が点在。                  DSCF1585.jpg  DSCF1592.jpg
 隠居倉(1819m)へ向かう尾根道はこの標高でもハイマツが繁り
高山気分を味わう。Yu氏の奥さんが降りで膝の不調が出始める。
どうやら朝日岳からの降りでぴょんぴょんやり過ぎたようだ。
隠居倉のピークで大休止の後、三斗小屋までの降りは時間をかけ、
おしゃべりを楽しみながらゆっくり歩く。源泉口を覗き、温泉神社で
手を合わせ、ようやく三斗小屋温泉T屋の軒を潜り、大黒屋着。3時
30分。4月の残雪時は私の他2人組みのたった3人しか泊り客がな
かった大黒屋も、この紅葉の季節は満室。
 Yu氏とふたり、さっそく風呂に飛び込む。いつもながら源泉掛け流
しの鄙びた湯は木造りの湯舟に溢れ、癒される。Yu氏も満足そう。
DSCF1598.jpg  20071017102718.jpg
 交代で女性陣も入浴を済ませ、夕食までビールと日本酒で宴会。
各部屋部屋からの談笑が小屋の中に満ち、皆、この紅葉のピーク時に
泊まれたことを多としていることが感じられる。8時就寝。

10.15(月)第二日目
 曇天。残り行程の少ない我々は、8時少し前、最後に小屋を後にする。
「山行クロニクルNo.15」で、笹の葉を冷凍して料理の添え物にす
ることを書いたが、それを読んだYu氏の奥さんが少し持って帰りたい
というので、沼原分岐までの間、篠竹の葉を集める。
湿った登山道にはミネカエデやブナの実生がひょこひょこ健気に背伸び
している。沼原分岐で姥が平経由牛が首への道をとる。登りは元気な
Yu氏の奥さん、降りにかかるとつらそう。昨夜、爆睡したという家内
は元気を回復。降りは時間をかけゆっくり歩く。
小さな沢をいくつか渡渉し樹林の中を淡々と行程をつめる。沼原~大峠
方面はツキノワグマが生息しているようだが、登山者の多いこの時期は
登山道までは出てこないようで落しものは見つからない。
しかしこの種の観光地に近い低山は、熊除けの鈴やベルをザックに付け
て歩く人が矢鱈と多く、小うるさいのが難点だ。団体の中にはその半数
近くがカランカラン、チリンチリンと鳴らしているのもいる。
リーダーはそれとなく注意すべきだろう。また小屋の中では鳴らないよ
うにするのもちょっとした心遣いだ と思う。

 姥が平近くになると落葉広葉樹の色づいた葉で周囲が明るくなる。
 DSCF1602.jpg  DSCF1603.jpg
足元にはシラタマノキが白い小さな花実をつけている。同じツツジ科の
アカモノとよく似ている。紅葉の名所 姥が平 10時着。
実に素晴らしい。焚き火の真ん中から周りを見ているようだ。陽光が
あればもっと燃え盛るだろう。三脚を出し、一行の全員写真を撮る。
 
 紅葉を背に牛ヶ首へのザレた急登を喘ぎ、尾根に復帰する。10月
中旬とはいえ尾根を吹き抜ける風は結構冷たい。茶臼岳の噴煙を左に
巻き道を風に吹かれロープウエイ山頂駅まで辿る。
11時30分の便で下り駐車場の峠の茶屋で小腹を満たす。
 膝を労わりながらの下山であったが大事に至らず済んだ。紅葉に
十分満足し、渋滞の対向車線を横目にまだ緑の高原を湯本まで走る。
 元湯・鹿の湯、白濁した湯でしっかり汗を流し、硫黄の匂いを身に
まとい、近くの休み処で遅めの昼食。帰りの運転を家内に任せること
にし、Yu氏と私はビールで乾杯。
 帰路は名物のまんじゅう 地の野菜、さらには工房で器を買い、まさ
しく物見遊山の小さな旅。浦和の行きつけの寿司屋で刺身と寿司を摘み
4人の旅を締めくくった。
 家内を連れての山行は十数年振り。来月、自作の衣装でファッション
ショーにでると張り切って創作中の家内、足がガタガタになって、当日
花道から転げ落ちないようにと願う。

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写真はクリックして、拡大してください。

テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ

燕岳~大天井岳~常念岳~蝶ヶ岳
「山行クロニクルNo.15」
有明温泉~燕岳~大天井岳~常念岳~蝶ヶ岳~三股  縦走    単独
’07年9月30日(日)~10月4日(木)  4泊5日

 北アルプス北部の山行の往き帰りに糸魚川街道を走ると、安曇野から見る峰々の中でも前山の奥に
常念岳はひと際 顕著な三角形の山容を覗かせている。
至近の距離では、初冬の穂高岳山荘のテラスで常念山脈に昇る朝日を眺めたときもその優雅な美しさ
には心惹かれるものがあった。

 夏の高山蝶、ミヤマモンキチョウやタカネヒカゲで知られるこの常念岳にどのようなルートで
秋の山歩きを楽しむか・・・と考えた結果、
中房温泉からの表銀座ルート、燕岳を皮切りに大天井岳から常念山脈に分け入ることとした。

(写真はクリックして拡大してください)

DSCF1540.jpg DSCF1551.jpg DSCF1570.jpg
常念岳           奇岩と紅葉         穂高の岩峰
  
9.30(日) 浦和=中央道豊科IC=有明温泉・有明荘(泊)
10.1(月) 有明温泉~中房温泉登山口~合戦沢の頭~燕山荘(泊)
   2(火) 燕岳~切通分岐~大天井岳~東天井岳~常念乗越・常念小屋(泊)
   3(水) 常念乗越~常念岳~蝶槍~蝶ヶ岳~蝶ヶ岳ヒュッテ(泊)
   4(木) 蝶ヶ岳ヒュッテ~蝶沢~三股ー有明温泉=浦和

 9.30(日)第一日目
 土砂降りの雨の中、信州穂高町 有明へ向かう。旧有明村から有明温泉と中房温泉への県道は
昔より随分整備され、崖を削り、幅員や遂道が拡張され走りやすくなっていた。
20年前、岳には登らなかったが、中房の湯に妻と連泊したことがあり 有明温泉付近の照葉樹林帯
は今も見事。手付かずのまま雨に煙っていた。
妻は帰路、この森で笹の葉を沢山摘んで帰り、冷凍して料理の飾りとしてしばらく使っていた。

 今日は中房の手前、有明温泉に前泊することとし、源泉掛け流しの単純硫黄泉を楽しんだ。
有明山の山懐1400mにある建物はロッジ風に立派になっていたが湯は昔と変わらず滔々と溢れていた。

                     有明温泉の湯  DSCF1582.jpg DSCF1581.jpg

 10.1(月)第二日目
 小雨。朝8時、中房温泉登山口(1460m)から燕山荘(2685m)まで、標高差1200mを稼ぐ為に
歩き始める。前後は無人。
混交林のなかの比較的整備された急登をひたすら喘ぐ。第一、第二ベンチを過ぎ第三ベンチで煙草を
楽しんでいると同世代のご夫婦が登って来た。挨拶を交わすうちにどうやら私と同じルートを蝶ヶ岳
まで歩くことが判る。お互いにこれからの三日間をよろしくということで先行して貰う。私より健脚そうだ。

DSCF1526.jpg

 合戦小屋 11時。まだ紅葉はさほど進んでおらず雨に濡れたナナカマドの実だけが赤い。
簡単な昼食を作り、大休止。また一人、若者が登ってきたのを潮に出発、急登を攀じり、
合戦沢の頭の三角点を撫で、2500mの森林境界線を越え稜線に出る。
左右を見回してもガスで視界は利かず、黄色や褐色の草々が生える黄ばんだ砂礫のよく踏まれた道
を黙々と登る。全方位ガスの中、燕山荘 1時30分着。
 
 指呼の間の燕岳も全く見えない。宿泊手続きを済ませ、生ビールを飲みながらガスの切れ目を待つ。
小屋前のテラスで待機していると お腹の丸々と太った小鳥が二羽、何か啄ばみながら遊んでいる。どうやらイワヒバリのようだがこんなに丸々としたのは初めて。小屋番に聞いたらやはりイワヒバリ
との答え。太ってしまった原因は登山客の食べかすを拾うのでこんなになってしまったようだ。
あれで舞い上がれるのだろうかと大笑い。
 先行したご夫妻が燕岳から戻ってきて、視界はゼロ、風化した花崗岩の有名な奇岩もすぐ近くに
行かないと判然としないとのこと。 興味を失い、喫茶室へ。
 
 三重県四日市からこの山だけに登ってきた男女5人組と歓談。そこに合戦小屋で会った若者も
加わり夕食まで酒宴。この若者、昨日、木曾の駒ヶ根で開催された市民マラソンの15キロコースに
参加、中房に泊まり、初めて山らしい山に登る為にここまで来たと言う。
広島から車を飛ばして来てマラソンと登山、明日は下山後また広島まで7時間をかけて帰るそうだ。
マラソン参加の為とはいえ広島からとは・・・やはり若さは凄い。
 
 この夜は、槍ヶ岳から縦走してきた単独行の女性、大天井岳まで往復するという男女4人組みの
合わせて13人の泊り客。
一晩中雨の音が続きあまり眠れず。

 10.2(火)第三日目
 やはり雨とガス。4時半起床、レトルトシチューと固形食糧、コーヒーで朝食を済ます。
6時過ぎまで待機するが変化なし。予報より太平洋上の低気圧の影響が強いようだ。
西高東低の冬型気圧配置であるが、まだ安定していないのだろう。

 先行したご夫妻の後を追って、6時30分、小屋を出て視界の無い尾根を歩き出す。
蛙岩付近で雷鳥の親子4羽に出遭う。  
DSCF1528.jpg
 ヒナはもう大きく育ち、成鳥とほとんど変わらず、皆、胸から腹にかけて
冬の白毛に変わりはじめていた。 しばし、煙草を吸いながら彼らとともに楽しむ。

 大くだりを一気に降り鞍部を過ぎ、崩れやすい花崗岩のザラザラ尾根を左右にクサモミジの色を
味わいながら淡々と歩を進める。相変わらず視界は100m前後、眺望の楽しみはほとんど無い。

DSCF1527.jpg DSCF1530.jpg DSCF1532.jpg DSCF1533.jpg
登山道 点描

 変化が欲しいなあと想う頃、切通岩のクサリ場に出る。槍ヶ岳への新道を拓いた喜作のレリーフが
岩に嵌め込んである。ひと登りで切通分岐点、小休止。
ここで表銀座ルートと別れ、大天井岳方面 常念山脈に分け入る。

DSCF1531.jpg 喜作のレリーフ

 大天井岳(2921m)直下の大天荘まで結構きつい登り。視界の利かない登りは辛い。
5分毎に息を整える。10時少し前大天荘に着きてんぷらうどんを注文。
小屋前のベンチで暖かいうどんを味わい、雷鳥の散歩を遠目に見ながら大休止。
本来ならば、越中側の黒(水晶)岳、鷲羽岳や近くに東鎌尾根を曳いた槍ヶ岳、行く手の東天井岳・
常念岳などが大きく眺められる筈の展望は一切無し。

 大天井のピークも踏まず11時小屋を後にする。
何となく不完全燃焼。ここからは東天井岳まで2800~2900mの稜線歩き、晴れていれば
最も眺望の良い所なのに・・・。残念。

DSCF1535.jpg ガスの稜線

 中天井岳、東天井岳をそれぞれ右に巻き、横通岳にかかるころから一面のハイマツ帯。
前後左右ハイマツの海の中、切り明けを辿る。視界はますます悪くなる。
所々ハイマツの切り明けが分岐したり、合わさる。
分岐点には廃道の小看板がありホッとする。遠見が利かないのでこの表示が無ければ迷いそうだ。
30分以上もハイマツの波を泳ぐように切り明けを辿る。単調さを楽しむ。下りが少し急になり
オオシラビソの小樹林に這入る。

 雨水の流れる樹間の道を抜けるといきなり広い砂礫の常念乗越へ飛び出し、小屋の赤い屋根が
目に入る。2時半過ぎ、宿泊手続きを済ませ着替える。
休憩も含めて8時間の行程。雷鳥とクサモミジ ハイマツの海だけが単調さを癒してくれた感じ。
二階の6畳間をあてがわれたが一人で専有できそう。隣の部屋に入っていた先行のご夫妻と
お互い明日に期待しましょう と挨拶。
部屋の窓を開けカメラをいじっていたら、屋根にキクイタダキがいてあわててパチリ。額の黄菊色が鮮やか。
  
                                                DSCF1536.jpg
 
 食堂に生ビールを飲みに下りたら、若者が15,6人宴会の最中。松本の会社の新入社員の恒例
研修登山だとか。
夕食は中房から二日間ずっと同じ行程のご夫妻と今日、ヒエ平から常念乗越にあがってきた30歳
前後、なかなかの好青年と同テーブル。ご夫妻は大阪から、青年は私の住む浦和の隣町、埼玉の
越谷から。 明日は4人とも常念岳を越えて蝶ヶ岳への道。

 食後、創立88周年を迎えた常念小屋の小屋主 山田氏の挨拶があり、記念の木札が配られた。
北アルプスでは白馬山荘の102年、槍沢ロッジの91年に次ぐ小屋歴だそうだ。
雨音を聴きながら8時就寝、一人部屋なのにあまり熟睡できず。

 10.3(水)第四日目
 やっと雨が上った、曇天。
朝食はレトルトカレー、とお馴染みの固形食糧、大事に残しておいたみかん、そしてコーヒー。
自炊室で雲が切れるのを待つ。常念の頂き、西の槍ヶ岳が見え始めた7時、勇躍、標高差400mの
岩場の登りにとりかかる。標準行程1時間のところ1時間30分を要した。

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乗越から常念岳     ガスに霞む槍ヶ岳     雲の切れ目に穂高     山頂

 一等三角点を持つ頂上の祠の脇で、大阪のご夫妻、越谷の青年と一緒に大休止。
あっという間に槍ヶ岳は雲の中、穂高の嶺々が、左から前穂奥穂、涸沢、北穂、そして大キレット、
南、中、大喰と雲の切れ目からスライドのように慌ただしく覗いてはまた隠れる。
それでも稜線、三日目にして僅か10分間のドラマ、満足感が込み上げ煙草がおいしい。

 9時過ぎ、蝶ヶ岳を越え長塀山を経て徳沢に降る長丁場の大坂の夫妻が出発、30分遅れて私、
そして越谷の青年と続く。こちらは二人とも本日は蝶ヶ岳までののんびり歩き。

 ガスの湧き始めたゴーロ状の岩場を一気に300mの降り。またまた雷鳥の一家に出遭う。
     
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 燕山荘以来、4度目の出遭い。それだけ天候に恵まれなかったということか。岩峰の小ピークを
越える途中、奇岩と紅葉が美しい。
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 視界が落ち、往く手の蝶槍も右手の穂高の壁も見えない。2つ目の小ピークで小休止。
追いついてきた青年と会話が弾む。昨年、穂高の初降雪の時、同時期に涸沢に滞在していたことが
解かり涸沢の紅葉と雪の穂高が尽きぬ話題となった。まだ独身、バリバリの現役なので限られた
休暇を利用しての山行ゆえ、私のように天気図とにらめっこしながら、また停滞して楽しむ余裕が無い
ことを残念がっていた。

DSCF1555.jpg 蝶槍

 ここから一旦、2300mまで降ろされ、再び2600mの蝶槍を目指す。鞍部で健脚の青年に先行し
て貰い、蝶槍への急登を頑張る。
蝶槍の頂き、さらに蝶ヶ岳の三角点で一服。雨は落ちないが少し強くなった風の中、ヒュッテへ向かう。
 真っ白いガスに巻かれた蝶ヶ岳ヒュッテ着、1時30分。小屋には上高地 徳沢から、また旧堀金村
三股からそれぞれ槍・穂高の絶景を眺めに登ってきた50人近い登山者で賑わっていた。

 夕方から小雨なるも気圧配置はまずまず、皆、明日への期待値を膨らませる。
また喫茶室で青年と歓談。涸沢まで行っても穂高はまだ、白馬も薬師も鹿島槍もこれから、
雲の平の奥、高天原の露天風呂に浸かってみたいという彼、いろいろ聞かれたのでもし暇があったら
私の山行クロニクル「俄歩」を見てください とブログのアドレスを書いて渡した。
下山したら早速覘いてみますと言ってくれた。コメントが貰えたら嬉しいのだが・・・。
明日は徳沢へ降り、上高地からバスで帰るという。

 夕食はあまり食欲無し。麓のタクシー会社へ電話、明日の三股から有明までの予約をし、
持参のウイスキーを煽り寝に就く。寝苦しく3時頃から星が見えるのを確認する。


 10.4(木)第五日目
 晴れ。5時、安曇野は雲海の下、向かい側、槍・穂高の岩峰が黒々と壁を並べる。
黒壁の中、槍の肩の小屋、白出しのコルの穂高岳山荘の灯りが美しく輝く。
5時45分、安曇野の雲海からご来光が射す。
槍・穂高の岩峰が赤く輝き始める。皆、満足。体が冷えるのも忘れて見とれている。

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安曇野の雲海に     モルゲンロートに輝く穂高
       昇る朝陽    

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蝶ヶ岳の新しいピーク

 7時、ヒュッテ裏の新しい蝶ヶ岳最高点(2677m)を踏んで三股への下山にかかる。
蝶沢までの2キロはゴロ太石の急坂。蝶沢から眺める常念岳は前常念の稜線を右に曳き美しい。
小休止。

DSCF1576.jpg 蝶沢から仰ぐ常念岳

 久し振りに小鳥の声が、樹林の中清々しい。良く聞き分けられないほどだ。
蝶沢から下はシラビソの樹林、比較的歩きやすい登山道をたんたんと降る。途中であまり鳴かないが
時たまヒリと囀る、胸から腹が白い長い尾の小さな鳥を見つけるが名前が解からない。
(帰宅後調べると、サンショウクイと解かった)。

 三股からの登山者 何組かとすれ違う度に 頂上の紅葉の進み具合と槍・穂高の眺望を聞かれる。
紅葉は一週間ほど遅れているようだが、眺望は今日・明日は大丈夫でしょう と答える。
皆、ニコッとして足に力が這入るようだ。

 10時、予定通り三股登山口に降り立つ。早めに待っていたタクシーに乗り、55分ほどで
有明温泉に戻る。最後の2キロ程の料金をサービスしてくれて1万円。中房から燕岳に登り、
蝶ヶ岳から下山、4日間かけて歩いたのに、タクシーで僅か55分・・・。

 再び掛け流しの源泉で汗と疲労を流し、生ビールと馬刺し、わさび葉の醤油漬け、とろろソバの
昼食を楽しむ。
車を引き出し、穂高町のわさび漬け専門店で家内への土産を手に、浦和5時着。
不順な天候であったが 幾人かの岳人や雷鳥・小鳥との出遭い、久し振りのハイマツの海、
最終日のご来光、槍・穂高の眺望が素晴らしかった山行であった。

DSCF1541.jpg                           (写真はクリックして拡大してください)
                          

テーマ:登山 - ジャンル:スポーツ