俄歩
「山に登ること」 は、与えられた条件の中で新しい経験を積むことに 他ならない。 だから、 自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力 を大切にしたい。
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鳳凰三山(薬師岳・観音岳・地蔵岳)
一週間前から小雪がちらつき始めたという山小屋情報、しかも出発前夜、
尾根道に雪が積もったと聞き、砂糖菓子のように周りを氷に縁取られた
紅葉を写したいといっぱしのカメラマン気取りで日曜日、午前11時過ぎ、
我が家を後にした。
鳳凰三山、W.ウエストンの「The playground of the Far East」の中に、
地蔵岳のオベリスクの初登頂、また 尾瀬の父と呼ばれる武田久吉氏の
明治の山旅に、シャジン(沙参、キキョウ科のツリガネニンジンの漢名)
の原種を求めて薬師岳や観音岳に登頂した記述があるが、明治・大正・
昭和の初期に、あまたの峰峯に登り、素晴らしい山岳紀行文を残されて
いる木暮理太郎氏、田部重治氏その後の畦地梅太郎氏、上田哲農氏、
串田孫一氏なども、この鳳凰三山については登高の記述が目につかない。
対峙する白峰三山(北岳・間の岳・農鳥岳)や個性的な甲斐駒ケ岳、
仙丈岳に囲まれ、あまり登頂意欲が喚起されない山なのであろうか?。
比較的高山植物の少ないこの山はいまでは紅葉や雪の頃によく歩かれ
ているようである。私にとっては 寡って学生時代に一度登るべく計画
したが、時ならぬ台風の襲来で見送り、その後、北岳や仙丈岳に登った
時もただ眺めるだけ。今年も9月に甲斐駒ケ岳への道々眺め、何時かは
登ってみようと思っていた山である。計画から40数年振り、こういう
のを久恋の山というのかも知れない。
登るなら趣のある湯宿 青木鉱泉からと決めていた。
薬師岳・観音岳・地蔵岳の鳳凰三山は、奈良時代から平安初期にかけて
修験者により開山され、地元では奈良法皇(孝謙女帝)が登ったことに
より、山名も法皇山と名づけられ、後に仏教の霊鳥である鳳凰に因んで
鳳凰山と呼ばれるようになった としている。
女性の登山によって広く山名が知られるようになった山というのは珍しい。
(写真はクリックして拡大してください)
薬師岳 観音岳 地蔵岳
「山行クロニクルNo.16」
鳳凰三山 3泊4日 単独
10.21(日)浦和〜中央道〜青木鉱泉(泊)
10.22(月)鉱泉〜中道〜薬師岳〜薬師小屋(泊)
10.23(火)小屋〜薬師岳〜観音岳〜アカヌケ沢の頭〜地蔵岳〜
ドンドコ沢〜青木鉱泉(泊)
10.24(水)鉱泉〜浦和
10.21(日)第一日目
昔ながらの湯宿を髣髴とさせる鄙びてはいるが格調のある宿、青木鉱泉、
午後2時着。
マユミの花
宿からは 中道を直接薬師岳へ登る道とドンドコ沢を登り地蔵岳へ至
る道のニ路があるが、いずれも登り一辺倒で6時間余りの行程。
中道から薬師岳へ登り、薬師小屋泊。翌日、再び薬師岳そして観音岳、
アカヌケ沢の頭、地蔵岳を歩き鳳凰小屋からドンドコ沢を降り青木鉱泉
へ周遊するルートに決める。
3時過ぎから日曜日とて下山者で賑わい始めた宿の周辺を散策、沢グルミ、
ドングリ、ヤマグリなどの実を拾い集め、孫への山みやげとする。山ぶ
どうはてっぺんの方にわずかな小さな房、ほとんど収穫されてしまったようだ。
下山者の入浴客多く、湯に入ったのは夕食後。ひとりのんびり沸かし湯
(弱酸性泉)をたのしむ。開湯時(延暦年間)は、現在よりももっと
高所にあったといわれる青木の湯、現在の場所は明治14年からだそうで、
三代目の方が管理されていた。
10.22(月)第二日目
晴天。いよいよ1140mの鉱泉から2780mの薬師岳頂上まで、
標高差1600m強の登り一辺倒に挑む。沢を渡り林道を歩くこと40分、
中道ルートの登山口 7時着。深い混交林の中、電光形の急登を登りはじめる。
延々3時間、やっとシラカバ林の少し拓けた小ピークに、簡単な昼食
を摂る。ここまでただただ只管眺望の利かない樹林を喘いだ。
標高2000m、樹層はカラマツ林を過ぎシラビソなどが多くなっている。
まだこの先700m以上の標高差を稼がなければならない。かなりハードだ。
ここまで身軽な装備の健脚者二人に先を譲る。腹ごしらえをし覚悟を決めて
再び急登に挑む。高度2700mで視界が拓けやっと薬師岳頂上の岩塊
が望まれた。頂上(2780m)着 2時。度々の休憩も含め7時間の登り。
秋の陽ははやくも西に傾いていたが、白砂と岩塊の頂上からは 南東に
冠雪の富士、西には指呼の間に聳える北岳をはじめとする白峰三山、さらに
塩見岳や荒川岳。皆 頂は既に雪に覆われていた。北に仙丈岳、八ヶ岳
遠くには木曾の御嶽山が眺められた。
吹き渡る風が冷たい。明日歩く予定の観音岳への稜線が美しく、期待
値が膨らむ。地蔵岳やその奥の甲斐駒ケ岳は間近の観音岳に隠れて見えない。
富士山 白峰三山 北岳バットレス
すっかり冷え切った身で薬師小屋へ 宿泊手続きをし小屋の前でビールを楽しむ。
夕食時、自炊組みも含めて宿泊者は25人ぐらい。夜叉神峠からの入山者が多かった。
隣人は40歳前後、同じ中道ルートで私をすいすい追い抜いていった健脚者。
日帰り登山が中心で小屋泊まりの山行は今度が初めてとのこと。いろい
ろ山名を挙げどうですか と聞かれた。
夜は氷点下 2度C。
10.23(火)第三日目
晴れ。薄日がこぼれているが結構雲が多い。6時30分、薬師岳へ
登り返し、前日逆光だった白峰三山を写す。この薬師岳から観音岳、
アカヌケ沢の頭、そして地蔵岳への稜線歩きがこの山のハイライトだ。
晩秋の柔らかい陽を一身に浴びながら花崗岩の白砂、緑のハイマツそして
風に撓んだ低木のカラマツの黄葉の間を 雪に覆われた北岳のバットレスを
左に眺めながら気分良く歩く。三山の最高峰 観音岳(2840m)ま
では雪は解けている。観音岳頂上、間近に地蔵岳のオベリスクが聳え、
甲斐駒ケ岳が白い三角錘を見せる。
稜線のカラマツ 甲斐駒ケ岳
ここからアカヌケ沢の頭(2750m)までの北面の尾根は雪が凍って
降りが辛い。かといってアイゼンをつけるほどでもなくこの中途半端が
怖い。アカヌケ沢の頭で三角点を探すが見つからない。高嶺・早川尾根
への道を分けて地蔵岳直下 賽の河原へ降る。40体前後の石の子授け
地蔵が安置されている。今は少ないようだが昭和初期までこの地蔵を
一体借りて下山、枕元に置いておくと子が授かると言われ、実現したら
ニ体にしてここに返す ということが行われていたそうだ。
賽の河原の地蔵群 地蔵岳オベリスク
地蔵のオベリスク近くまで登るが、その先の巨岩にはザイルを使わない
ととても無理。
ザレ場の急下降をしばし、鳳凰小屋 9時45分着。約3時間の尾根歩
きは景色も良く大変楽しかった。昼食を作ることにし大休止。
食後、出発間際に昨夜の隣人が到着。10時30分、ドンドコ沢の長時間
の降りに入る。今度は ただただひたすら樹林の中の降りに汗をかく。
50分ほど降ると沢の音が大きくなり五色の滝、さらに30分ほどで
白糸の滝。登りの中道と異なり、この沢沿いの降りは滝の変化があって
ちょっと気が紛れる。
五色の滝 白糸の滝
さらに降って鳳凰の滝をパス、次の南精進の滝で休んでいるとまた昨夜
の隣人が追いついてきた。しばし歓談。この後、樹林の中を一緒に歩く
途中の沢でとうもろこしのような形態の赤い不気味な花実を見つけ
写真に撮る。(後で鉱泉で聞いたら この地方ではマムシグサというそ
うだ。一本だけ伸びた赤い実をつけた茎がマムシの背の模様にそっくり)
やっと降り終わり鉱泉着 3時。地蔵岳から5時間 降りっぱなし。
そのまま車で帰る彼と別れゆっくり入湯。汗を流し疲れを癒す。
夕食までビールと日本酒。懇意になった四代目を目指す鉱泉の若主人か
ら木工細工を孫の土産に頂いたり、たまたま泊まり合わせた八ヶ岳 黒
百合ヒュッテ(15年前家内と泊まった)の若い小屋番と話が弾んだ。
これから一冬の小屋番に備えて休暇を楽しんでいるとのことだった。
夕食後再びゆっくり湯を楽しみ 8時床に就く。
6帖の一人部屋で障子を開け 窓から十三夜の月を眺めこの山行を振り
返った。こうこうと輝く月を見ていると 昭和の初期、まだ交通網の
未発達の時代 この月明かりを頼りに登山口まで夜通し峠を越えた先達
たちの紀行文が思い出される。とりわけ串田孫一氏や川崎精雄氏などは
月明かりの夜道の一人歩きを楽しまれたようだ。
寝付かれぬまま山歩きのあれこれを考える。
山歩きは他のスポーツとは異なり、人が作ったルールに合わせること
なく自然が与えてくれた条件、状況に従っている。いわば自然のルール
に従う。それ故、山に向かうとき 山を歩くときは出来る限り原始的な
感覚を大切にしたい。その方が自然との一体感に浸れると思う。
普段使いすぎて擦り切れた都会人の感覚が山に這入ることによって
研ぎ澄まされ、美しさへの傾斜の度合いとか心の充足とかだけでなく
危険をも事前に膚で察知することができるようになるのだろう。単独行
はその最たるものだろう。一人だからこそ感じられる貴重な自然との
対峙、単独行は登山者が自覚すべき自己責任と常に向き合っている と
いうことがよいのではなかろうか。
あらためて「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応え
られる知力 を大切にしたい」と考える。
10.24(水)第四日目
泊まり合わせた登山者のひとり 同世代の人にバス便がないので
市街地まで便乗させてくれと頼まれ、JR韮崎駅まで送り 12時浦和帰着。
やっぱり 一人がよろしい 雑草
やっぱり 一人はさみしい 枯草 種田山頭火
テーマ:
登山
- ジャンル:
スポーツ
【2007/10/25 22:45】
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山行クロニクル
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紅葉の那須岳と温泉
いつもと異なり、賑やかに紅葉を楽しむといういわば遊山の小さな旅
となった。都合4度目の那須三山へ盛りの紅葉と三斗小屋の湯を求めて
ののんびり山行である。
この那須三山へは今年の4月、残雪の中単独で歩いた時はまだ雪が多
く、夏道はすっかり埋もれ、ルートファインディングに苦労し、小屋か
ら隠居倉への登りで悪戦苦闘、敢え無く撤退するという経験をしたばか
りである。
今度は静けさと白さではなく、会話と彩色を味わうのが目的となった。
メンバーは家内と友人Yu氏ご夫妻の4人。
10.14(日)浦和〜東北道〜那須ロープウエイ駐車場〜山頂駅〜
茶臼岳〜峰の茶屋〜朝日岳〜熊見曽根〜隠居倉〜
三斗小屋温泉・大黒屋(泊)
10.15(月)三斗小屋〜沼原分岐〜姥が平〜牛が首〜山頂駅〜
駐車場〜元湯・鹿の湯〜浦和
10.14(日)第一日目
15年振りに入山する家内と最近膝に問題を抱えているYu氏夫妻、
おまけに地元の秋祭りの世話役でありながらこの山行への参加のため
地元を抜け出す為に飲まされ過ぎて二日酔いのYu氏。
出来るだけ累積の高低差を減らす為にロープウエイを使うこととし、朝
6時、浦和を出発。まずまずの晴天。
紅葉シーズン、しかも日曜日とあって駐車場は既に満杯。峠の茶屋の
駐車場になんとか空き地を見つけ、やれやれ。それでも1時間のロスタイム。
ロープウエイ山頂駅 9時30分。茶臼岳の噴煙と朝日岳南面の紅葉
に迎えられ、賑やかに歩き出す。
都心のスクランブル交差点を渡るが如く、前後左右は老若男女で一杯。
最近は平日の静かな山行ばかり故、随分勝手が違う。
1時間で茶臼岳(1915m)頂上。小休止。
眼下の姥が平のドウダンツツジなどの落葉広葉樹の紅葉が見事。朝日岳
と三本槍岳の南面も鮮やかな錦を纏っている。
その奥、北側は甲子温泉方面の旭岳、大白森山、さらに二股温泉の二股
山などが望めた。
この三本槍岳から福島方面へは残雪の時期に歩いて見たい尾根道である。
峰の茶屋への降り、家内がザレ場でしりもち。大事に至らず。五つの
登山道が交わる峰の茶屋周辺は、小さな子供達の声も混じり大変な賑わい。
小屋脇で冷風を避け昼食。歳の割りに皆、健啖。普段はあまり昼食を
摂らない家内もおにぎり2個と副菜をペロリ。Yu氏夫妻も何だかもの足りなそう。
Yu氏の二日酔いも解消されたみたい。
ここから朝日岳へ廻る人は少なくなり静かになった。尖った岩峰を
屹立させている剣が峰の東面を巻いてクサリ場のトラバースにかかる。
久し振りの家内は緊張ぎみ。朝日岳の肩の広場で大休止。
Yu氏夫妻はザックを置いて勇んで朝日岳(1896m)山頂の往復
に向かう。少し疲れのみえてきた家内はパス。天狗に攫われないよう
侍従役の私も待機し煙草を楽しむ。
ここから熊見曽根への登り、三本槍岳への道を分け三斗小屋温泉目指
し、まずは隠居倉へのアップダウン。左右の尾根の紅葉が美しい。
左手の姥が平は山火事のよう。右手三本槍の山腹は笹とハイマツの灰緑
の絨毯に赤や黄色の刺繍が点在。
隠居倉(1819m)へ向かう尾根道はこの標高でもハイマツが繁り
高山気分を味わう。Yu氏の奥さんが降りで膝の不調が出始める。
どうやら朝日岳からの降りでぴょんぴょんやり過ぎたようだ。
隠居倉のピークで大休止の後、三斗小屋までの降りは時間をかけ、
おしゃべりを楽しみながらゆっくり歩く。源泉口を覗き、温泉神社で
手を合わせ、ようやく三斗小屋温泉T屋の軒を潜り、大黒屋着。3時
30分。4月の残雪時は私の他2人組みのたった3人しか泊り客がな
かった大黒屋も、この紅葉の季節は満室。
Yu氏とふたり、さっそく風呂に飛び込む。いつもながら源泉掛け流
しの鄙びた湯は木造りの湯舟に溢れ、癒される。Yu氏も満足そう。
交代で女性陣も入浴を済ませ、夕食までビールと日本酒で宴会。
各部屋部屋からの談笑が小屋の中に満ち、皆、この紅葉のピーク時に
泊まれたことを多としていることが感じられる。8時就寝。
10.15(月)第二日目
曇天。残り行程の少ない我々は、8時少し前、最後に小屋を後にする。
「山行クロニクルNo.15」で、笹の葉を冷凍して料理の添え物にす
ることを書いたが、それを読んだYu氏の奥さんが少し持って帰りたい
というので、沼原分岐までの間、篠竹の葉を集める。
湿った登山道にはミネカエデやブナの実生がひょこひょこ健気に背伸び
している。沼原分岐で姥が平経由牛が首への道をとる。登りは元気な
Yu氏の奥さん、降りにかかるとつらそう。昨夜、爆睡したという家内
は元気を回復。降りは時間をかけゆっくり歩く。
小さな沢をいくつか渡渉し樹林の中を淡々と行程をつめる。沼原〜大峠
方面はツキノワグマが生息しているようだが、登山者の多いこの時期は
登山道までは出てこないようで落しものは見つからない。
しかしこの種の観光地に近い低山は、熊除けの鈴やベルをザックに付け
て歩く人が矢鱈と多く、小うるさいのが難点だ。団体の中にはその半数
近くがカランカラン、チリンチリンと鳴らしているのもいる。
リーダーはそれとなく注意すべきだろう。また小屋の中では鳴らないよ
うにするのもちょっとした心遣いだ と思う。
姥が平近くになると落葉広葉樹の色づいた葉で周囲が明るくなる。
足元にはシラタマノキが白い小さな花実をつけている。同じツツジ科の
アカモノとよく似ている。紅葉の名所 姥が平 10時着。
実に素晴らしい。焚き火の真ん中から周りを見ているようだ。陽光が
あればもっと燃え盛るだろう。三脚を出し、一行の全員写真を撮る。
紅葉を背に牛ヶ首へのザレた急登を喘ぎ、尾根に復帰する。10月
中旬とはいえ尾根を吹き抜ける風は結構冷たい。茶臼岳の噴煙を左に
巻き道を風に吹かれロープウエイ山頂駅まで辿る。
11時30分の便で下り駐車場の峠の茶屋で小腹を満たす。
膝を労わりながらの下山であったが大事に至らず済んだ。紅葉に
十分満足し、渋滞の対向車線を横目にまだ緑の高原を湯本まで走る。
元湯・鹿の湯、白濁した湯でしっかり汗を流し、硫黄の匂いを身に
まとい、近くの休み処で遅めの昼食。帰りの運転を家内に任せること
にし、Yu氏と私はビールで乾杯。
帰路は名物のまんじゅう 地の野菜、さらには工房で器を買い、まさ
しく物見遊山の小さな旅。浦和の行きつけの寿司屋で刺身と寿司を摘み
4人の旅を締めくくった。
家内を連れての山行は十数年振り。来月、自作の衣装でファッション
ショーにでると張り切って創作中の家内、足がガタガタになって、当日
花道から転げ落ちないようにと願う。
写真はクリックして、拡大してください。
テーマ:
登山
- ジャンル:
スポーツ
【2007/10/17 11:40】
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山行クロニクル
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燕岳〜大天井岳〜常念岳〜蝶ヶ岳
「山行クロニクルNo.15」
有明温泉〜燕岳〜大天井岳〜常念岳〜蝶ヶ岳〜三股 縦走 単独
’07年9月30日(日)〜10月4日(木) 4泊5日
北アルプス北部の山行の往き帰りに糸魚川街道を走ると、安曇野から
見る峰々の中でも前山の奥に常念岳はひと際顕著な三角形の山容を覗かせている。
至近の距離では、初冬の穂高岳山荘のテラスで常念山脈に昇る朝日を眺めたときも
その優雅な美しさには心惹かれるものがあった。
夏の高山蝶、ミヤマモンキチョウやタカネヒカゲで知られるこの常念
岳にどのようなルートで秋の山歩きを楽しむか・・・と考えた結果、
中房温泉からの表銀座ルート、燕岳を皮切りに大天井岳から常念山脈に
分け入ることとした。
(写真はクリックして拡大してください)
合戦小屋のナナカマド 常念岳 奇岩と紅葉 穂高の岩峰
9.30(日)浦和〜中央道豊科IC〜有明温泉・有明荘(泊)
10.1(月)有明温泉〜中房温泉登山口〜合戦沢の頭〜燕山荘(泊)
10.2(火)燕岳〜切通分岐〜大天井岳〜東天井岳〜常念乗越・常念小屋(泊)
10.3(水)常念乗越〜常念岳〜蝶槍〜蝶ヶ岳〜蝶ヶ岳ヒュッテ (泊)
10・4(木)蝶ヶ岳ヒュッテ〜蝶沢〜三股ー有明温泉〜浦和
9.30(日)第一日目
土砂降りの雨の中、信州穂高町 有明へ向かう。旧有明村から有明温泉と
中房温泉への県道は昔より随分整備され、崖を削り、幅員や遂道が
拡張され走りやすくなっていた。20年前、岳には登らなかったが、中
房の湯に家内と二泊したことがあり 有明温泉付近の照葉樹林帯は今も
見事。手付かずのまま雨に煙っていた。家内は帰路、この森で笹の葉を
沢山摘んで帰り、冷凍して料理の飾りとしてしばらく使っていた。
今日は中房の手前、有明温泉に前泊することとし、源泉掛け流しの
単純硫黄泉を楽しんだ。有明山の山懐1400mにある建物はロッジ風
に立派になっていたが湯は昔と変わらず滔々と溢れていた。
10.1(月)第二日目
小雨。朝8時、中房温泉登山口(1460m)から燕山荘(2685m)まで、
標高差1200mを稼ぐ為に歩き始める。前後は無人。
混交林のなかの比較的整備された急登をひたすら喘ぐ。第一、第二ベンチを過ぎ
第三ベンチで煙草を楽しんでいると同世代のご夫婦が登って来た。挨拶を交わすうちに
どうやら私と同じルートを蝶ヶ岳まで歩くことが判る。お互いにこれからの三日間をよろしく
ということで先行して貰う。私より健脚そうだ。
合戦小屋 11時。まだ紅葉はさほど進んでおらず雨に濡れたナナカマドの実だけが赤い。
簡単な昼食を作り、大休止。また一人、若者が登ってきたのを潮に出発、急登を捩り、
合戦沢の頭の三角点を撫で、2500mの森林境界線を越え稜線に出る。
左右を見回してもガスで視界は利かず、黄色や褐色の草々が生える黄ばんだ砂礫の
よく踏まれた道を黙々と登る。全方位ガスの中、燕山荘 1時30分着。
指呼の間の燕岳も全く見えない。宿泊手続きを済ませ、生ビールを飲みながらガスの
切れ目を待つ。小屋前のテラスで待機していると お腹の丸々と太った小鳥が二羽、
何か啄ばみながら遊んでいる。どうやら
イワヒバリのようだがこんなに丸々としたのは初めて。小屋番に聞いたらやはりイワヒバリ
との答え。太ってしまった原因は登山客の食べかすを拾うのでこんなになってしまったようだ。
あれで舞い上がれるのだろうかと大笑い。先行したご夫妻が燕岳から戻ってきて、
視界はゼロ、風化した花崗岩の有名な奇岩もすぐ近くに行かないと判然としないとのこと。
興味を失い、喫茶室へ。
三重県四日市からこの山だけに登ってきた男女5人組と歓談。そこに
合戦小屋で会った若者も加わり夕食まで酒宴。この若者、昨日、木曾の
駒ヶ根で開催された市民マラソンの15キロコースに参加、中房に泊まり、初めて山らしい
山に登る為にここまで来たと言う。広島から車を飛ばして来てマラソンと登山、
明日は下山後また広島まで7時間をかけて帰るそうだ。
マラソン参加の為とはいえ広島からとは・・・やはり若さは凄い。
この夜は、槍ヶ岳から縦走してきた単独行の女性、大天井岳まで往復するという
男女4人組みの合わせて13人の泊り客。
一晩中雨の音が続きあまり眠れず。
10.2(火)第三日目
やはり雨とガス。4時半起床、レトルトシチューと固形食糧、コーヒーで朝食を済ます。
6時過ぎまで待機するが変化なし。予報より太平洋上の低気圧の影響が強いようだ。
西高東低の冬型気圧配置であるが、まだ安定していないのだろう。
先行したご夫妻の後を追って、6時30分、小屋を出て視界の無い尾根を歩き出す。
蛙岩付近で雷鳥の親子4羽に出遭う。
ヒナはもう大きく育ち、成鳥とほとんど変わらず、皆、胸から腹にかけて
冬の白毛に変わっていた。 しばし、煙草を吸いながら彼らとともに楽しむ。
大くだりを一気に降り鞍部を過ぎ、崩れやすい花崗岩のザラザラ尾根を左右に
クサモミジの色を味わいながら淡々と歩を進める。相変わらず
視界は100m前後、眺望の楽しみはほとんど無い。変化が欲しいなあ
と想う頃、切通岩のクサリ場に出る。槍ヶ岳への新道を拓いた喜作の
レリーフが岩に嵌め込んである。ひと登りで切通分岐点、小休止。
ここで表銀座ルートと別れ、大天井岳方面 常念山脈に分け入る。
大天井岳(2921m)直下の大天荘まで結構きつい登り。視界の利かない登りは辛い。
5分毎に息を整える。10時少し前大天荘に着きてんぷらうどんを注文。
小屋前のベンチで暖かいうどんを味わい、雷鳥の散歩を遠目に見ながら大休止。
本来ならば、越中側の黒(水晶)岳、鷲羽岳や近くに東鎌尾根を曳いた
槍ヶ岳、行く手の東天井岳・常念岳などが大きく眺められる筈の展望は一切無し。
大天井のピークも踏まず11時小屋を後にする。
何となく不完全燃焼。ここからは東天井岳まで2800〜2900mの稜線歩き、晴れていれば
最も眺望の良い所なのに・・・。残念。
中天井岳、東天井岳をそれぞれ右に巻き、横通岳にかかるころから
一面のハイマツ帯。前後左右ハイマツの海の中、切り明けを辿る。
視界はますます悪くなる。所々ハイマツの切り明けが分岐したり、合わさる。
分岐点には廃道の小看板がありホッとする。遠見が利かないので
この表示が無ければ迷いそうだ。30分以上もハイマツの波を泳ぐように切り明けを辿る。
単調。下りが少し急になりオオシラビソの小樹林に這入る。
雨水の流れる樹間の道を抜けるといきなり広い砂礫の常念乗越へ飛び出し、
小屋の赤い屋根が目に入る。2時半過ぎ、宿泊手続きを済ませ着替える。
休憩も含めて8時間の行程。雷鳥とクサモミジだけが単調さを癒してくれた感じ。
二階の6畳間をあてがわれたが一人で専有できそう。隣の部屋に入っていた先行の
ご夫妻と お互い明日に期待しましょう と挨拶。
部屋の窓を開けカメラをいじっていたら、屋根にキクイタダキがいて
あわててパチリ。額の黄菊色が鮮やか。
食堂に生ビールを飲みに下りたら、若者が15,6人宴会の最中。松本の会社の
新入社員の恒例研修登山だとか。
夕食は中房から二日間ずっと同じ行程のご夫妻と今日、ヒエ平から常念
乗越にあがってきた30歳前後、なかなかの好青年と同テーブル。
ご夫妻は大阪から、青年は私の住む浦和の隣町、埼玉の越谷から。
明日は4人とも常念岳を越えて蝶ヶ岳への道。
食後、創立88周年を迎えた常念小屋の小屋主 山田氏の挨拶があり、
記念の木札が配られた。北アルプスでは白馬山荘の102年、槍沢ロッジの91年に次ぐ
小屋歴だそうだ。
雨音を聴きながら8時就寝、一人部屋なのにあまり熟睡できず。
10.3(水)第四日目
やっと雨が上った、曇天。
朝食はレトルトカレー、とお馴染みの固形食糧、大事に残しておいた
みかん、そしてコーヒー。自炊室で雲が切れるのを待つ。常念の頂き、
西の槍ヶ岳が見え始めた7時、勇躍、標高差400mの岩場の登りに
とりかかる。標準行程1時間のところ1時間30分を要した。
一等三角点を持つ頂上の祠の脇で、大阪のご夫妻、越谷の青年と一緒に大休止。
あっという間に槍ヶ岳は雲の中、穂高の峰峯が、左から前穂奥穂、涸沢、北穂、そして
大キレット、南、中、大喰と雲の切れ目からスライドのように慌ただしく覗いてはまた隠れる。
それでも稜線、三日目にして僅か10分間のドラマ、満足感が込み上げ
煙草がおいしい。9時過ぎ、蝶ヶ岳を越え長塀山を経て徳沢に降る長丁場の大坂の
夫妻が出発、30分遅れて私、そして越谷の青年と続く。
こちらは二人とも本日は蝶ヶ岳までののんびり歩き。
ガスの湧き始めたゴーロ状の岩場を一気に300mの降り。
またまた雷鳥の一家に出遭う。
燕山荘以来、4度目の出遭い。それだけ天候に恵まれなかったということか。岩峰の
小ピークを越える途中、奇岩と紅葉が美しい。
視界が落ち、往く手の蝶槍も右手の穂高の壁も見えない。2つ目の小ピークで小休止。
追いついてきた青年と会話が弾む。昨年、穂高の初降雪の時、
同時期に涸沢に滞在していたことが解かり涸沢の紅葉と雪の穂高
が尽きぬ話題となった。まだ独身、バリバリの現役なので限られた休暇
を利用しての山行ゆえ、私のように天気図とにらめっこしながら、また
停滞して楽しむ余裕が無いことを残念がっていた。
ここから一旦、2300mまで降ろされ、再び2600mの蝶槍を
目指す。鞍部で健脚の青年に先行して貰い、蝶槍への急登を頑張る。
蝶槍の頂き、さらに蝶ヶ岳の三角点で一服。雨は落ちないが少し強くなった風の中、
ヒュッテへ向かう。真っ白いガスに巻かれた蝶ヶ岳ヒュッテ着、1時30分。小屋には
上高地 徳沢から、また旧堀金村 三股からそれぞれ槍・穂高の絶景を眺めに登ってきた
50人近い登山者で賑わっていた。
夕方から小雨なるも気圧配置はまずまず、皆、明日への期待値を膨らませる。
また喫茶室で青年と歓談。涸沢まで行っても穂高はまだ、白馬も薬師
も鹿島槍もこれから、雲の平の奥、高天原の露天風呂に浸かってみたい
という彼、いろいろ聞かれたのでもし暇があったら私の山行クロニクル
「俄歩」を見てください とブログのアドレスを書いて渡した。
下山したら早速覘いてみますと言ってくれた。コメントが貰えたら嬉しいのだが・・・。
明日は徳沢へ降り、上高地からバスで帰るという。
夕食はあまり食欲無し。麓のタクシー会社へ電話、明日の三股から有明
までの予約をし、持参のウイスキーを煽り寝に就く。寝苦しく3時頃から星が見えるのを
確認する。
10.4(木)第五日目
晴れ。5時、安曇野は雲海の下、向かい側、槍・穂高の岩峰が黒々と
壁を並べる。黒壁の中、槍の肩の小屋、白出しのコルの穂高岳山荘の
灯りが美しく輝く。5時45分、安曇野の雲海からご来光が射す。
槍・穂高の岩峰が赤く輝き始める。皆、満足。体が冷えるのも忘れて見とれている。
安曇野の雲海に昇る朝陽 モルゲンロートに輝く穂高
7時、ヒュッテ裏の新しい蝶ヶ岳最高点(2677m)を踏んで
三股への下山にかかる。蝶沢までの2キロはゴロ太石の急坂。蝶沢から
眺める常念岳は前常念の稜線を右に曳き美しい。小休止一服。
久し振りに小鳥の声が、樹林の中清々しい。良く聞き分けられないほどだ。
蝶沢から下はシラビソの樹林、比較的歩きやすい登山道をたんたんと降る。
途中であまり鳴かないが時たまヒリと囀る、胸から腹が白い
長い尾の小さな鳥を見つけるが名前が解からない。(帰宅後調べると、
サンショウクイと解かった)。
三股からの登山者 何組かとすれ違う度に 頂上の紅葉の進み具合と
槍・穂高の眺望を聞かれる。紅葉は一週間ほど遅れているようだが、
眺望は今日・明日は大丈夫でしょう と答える。皆、ニコッとして足に力
が這入るようだ。
10時、予定通り三股登山口に降り立つ。早めに待っていたタクシー
に乗り、55分ほどで有明温泉に戻る。最後の2キロ程の料金をサービスして
くれて1万円。中房から燕岳に登り、蝶ヶ岳から下山、4日間か
けて歩いたのに、タクシーで僅か55分・・・。
再び掛け流しの源泉で汗と疲労を流し、生ビールと馬刺し、わさび葉の
醤油漬け、とろろソバの昼食を楽しむ。
車を引き出し、穂高町のわさび漬け専門店で家内への土産を手に、浦和
5時着。
不順な天候であったが 幾人かの岳人や雷鳥・小鳥との出遭い、久し振りの
ハイマツの海、最終日のご来光、槍・穂高の眺望が素晴らしかった山行であった。
テーマ:
登山
- ジャンル:
スポーツ
【2007/10/05 21:39】
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山行クロニクル
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