俄歩
高嶺を歩けなくなったいまでも 「自然と向き合える体力 自然を味わえる感性 自然に応えられる知力を大切にしたい」  という心根は持ち続けていたいものです
プロフィール

俄歩人 (がふと)

Author:俄歩人 (がふと)
高嶺は2013年9月の槍ヶ岳が
最後となりました。
いまは 季節の移ろいを想い出
の地に求めて彷徨しています。
年に一度、写真集「岳と花」を
記載。
(さいたま市 浦和 在住)



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入笠山
 白銀の蝙蝠・・・、蒼穹の彼方に浮かぶ残雪の高嶺を眺めて
ひとり歩き続けた来し方の懐かしき日々を想い返そうと、
八ヶ岳と南アルプスの展望を求めて入笠山へ。

 途中の中央道SAで 白根三山を見上げるも
かなり雪解けが進み「白銀の蝙蝠」ならぬ「星ガラス」が翼を
拡げたような風情。
晴れてはいても梅雨入り間近とて 蒼穹とはいかず
水蒸気を多量に含んだ大気は 煙ったように重たげに澱んでいた。

DSC01533.jpg 白根三山(写真はクリックして拡大してください)



DSC01546.jpg  この入笠山(1955m)、最初に歩いたのは昭和30年代、
富士見高原のサナトリウムに入院中の叔母を見舞った折で まだゴンドラも無かった。
最近では7年前の残雪期にも。
今回は事前に山荘に連絡を入れ、御所平まで車で入る。

御所平 小景
DSC01578.jpg DSC01576.jpg DSC01579.jpg DSC01577.jpg
入笠山を仰ぐ         ズミの咲き乱れる牧場                カラマツ林


登山道 点描

 ズミが咲き誇り、カラマツが緑に芽吹き、サルオガセも生気に溢れ
薫風に靡いていた。

DSC01535.jpg DSC01536.jpg DSC01553.jpg DSC01562.jpg
白さが美しいズミ(コナシ)の花             カラマツにスカーフのように靡くサルオガセ


 山頂からは 中央アルプス、南アルプス、八ヶ岳連峰そして富士山。
北アルプスは霞み肉眼でしか確認できなかった。

DSC01541.jpg DSC01542.jpg DSC01543.jpg DSC01550.jpg
中央アルプス         南アルプス         八ヶ岳             富士山

DSC01549.jpg 入笠牧場方面



御所平の花畑を抜け、入笠湿原へ。

DSC01558.jpg DSC01556.jpg DSC01560.jpg
花畑               スズラン           ツマトリソウ
 ヨーロッパではスズランを天国への階段(13階段)と言われるが、
本当に13個の小花をつけていた。


DSC01565.jpg DSC01563.jpg DSC01567.jpg DSC01568.jpg

DSC01570.jpg DSC01571.jpg DSC01575.jpg
クリンソウ                           テンナンショウ

 至るところ、頭上にズミ、足下にシロバナヘビイチゴが咲き、
レンゲツツジは蕾が大きく膨らんでいた。

(2018.6.3 歩く)

















「ラ・ラ・ランド」inコンサート
DSC01524.jpg    (写真はクリックして拡大してください)

 次男夫婦の招待で 生演奏付きのミュージカル映画「ラ・ラ・ランド」を鑑賞してきた。
場所は東京有楽町の国際フォーラム。
いまはやりのシネマコンサートで、オーケストラは東京フィルハーモニー交響楽団であった。

DSC01521.jpg DSC01526.jpg DSC01528.jpg DSC01529.jpg

 私より情感豊かな妻は感激していたようであるが、
上映中ずっと、私は「ウエストサイド・ストーリー」を想い出していた。
私の青春時代、昭和30年代に 日本で初のロングランとなったあのミュージカル映画・・・、
「体育館でのダンス」はいまだ脳裏にこびりついている。

 
 久しぶりにマロニエの花咲く銀座裏通りを散策。
老舗で会食、ウインドショッピング、現代風バールで食後酒を楽しみ、
ライトアップが美しくなった東京駅で次男夫婦と別れた。

DSC01530.jpg DSC01531.jpg DSC01532.jpg


(2018.4.30   都会での一日)








上海へ
 春休み、孫娘(Mei)はママとその両親とともにイギリスへ一週間ほど遊びに行くというので、
私たち夫婦は長男(Meiパパ)が海外赴任中の中国・上海へぶらっと息抜きに・・・。

 ここ4~5年の間に 香港、広州、上海と個性ある中国の東海岸の主要都市を見聞、
わずかではあるが 幾多の矛盾を孕みながらも経済発展を遂げている超巨大国家の
一面が見えてきた。

DSC01480.jpg DSC01482.jpg (写真はクリックして拡大してください)
滞在ホテルと部屋からの上海市街
  3泊とも 日系のオークラ・ガーデンホテル(花園飯店)に連泊。

 滞在2日目からは清明節(春分後15日目)と土曜の連休とて、
街中 老若男女で溢れ、主要観光名所や特別展が開催されていた上海博物館などは
さながら人々の風俗や素行見物の場と化していた。

 我家に遺されている若き日の父が撮影した1930年代末の外国疎開地 外灘などの
石の建造物は 外観は変わらず残されており、掲揚されている旗のみが変わっていた。

DSC01423.jpg DSC01426.jpg 黄砂とPM2.5に霞む浦東ビジネス街

DSC01406.jpg DSC01420.jpg DSC01422.jpg DSC01424.jpg

 外灘、黄浦江の河畔を歩き、欧風石造建築群と内陸からの黄砂とPM2.5で
霞がかかった対岸の浦東ビジネス街を眺める。

 公共乗り物は安価、タクシーは日本の半値、地下鉄は3分の一の料金。
しかし 大都会といえどもマナーは相変わらず悪く、乗降や車内の態度は最低。
ただ、敬老の精神はまだ残っているようだ。

DSC01398.jpg DSC01453.jpg DSC01452.jpg 地下鉄


DSC01477.jpg 街路は ほとんどフランス青桐の並木、薄いピンクの花びらが風に舞っていた


 南部の商都 広州同様、上海でも街中では英語は通じない。
滞在中は愚息の何とか通じる北京語のフルアテンドで観光や食事を楽しむ。
私達年配の日本人には懐かしく感じる近郊の蘇州や無錫へ遠出せず、
外灘、人民広場・南京路、豫園・上海老街、静安寺、田子坊・生鮮市場、新天地などを散策。
夜は上海雑技団の「時空の旅」と題した多媒体舞台劇の雑技を楽しんだ。


DSC01405.jpg DSC01401.jpg 人民広場

DSC01402.jpg DSC01403.jpg 南京東路

 家族連れや近郊からの行楽客で人民広場や南京路は大賑わい。
幾重にも並んだ入館待ちの行列に 上海博物館は諦めざるを得なかった。


 伝統的な上海の雰囲気を色濃く残す豫園周辺

DSC01432.jpg DSC01433.jpg DSC01428.jpg DSC01430.jpg

DSC01427.jpg     DSC01429.jpg
路上の書家        蟹の唐揚げ


 混雑する豫園を抜け1800年近い歴史を持つ名刹、静かな静安寺へ。
文革で破壊されたのち修復された各殿閣の金色の瓦は壮観。

DSC01438.jpg DSC01437.jpg DSC01442.jpg



 石庫門スタイルの老朽化した集合住宅と入り組んだ路地が錯綜する田子坊。
ちょっとした小物や珍しい食べ物を求めて歩き回る。
上海シルクの小物と外灘風景写真の壁掛けを上海土産とする。

DSC01462.jpg DSC01475.jpg  DSC01464.jpg DSC01465.jpg

DSC01473.jpg  DSC01467.jpg 唐辛子粉とTシャツ屋 

DSC01469.jpg DSC01472.jpg DSC01474.jpg
変わり饅頭         臭豆腐           飴

地元市民の生鮮市場

DSC01454.jpg DSC01455.jpg DSC01456.jpg DSC01458.jpg

DSC01459.jpg DSC01460.jpg DSC01461.jpg

 どこの国を旅しても 私は必ず地元市民の食材マーケットを尋ね、
その食生活の一端に触れるのが好き。
しかし、息子は 地元食材はいまだ買ったことが無いという。

愚息の居住界隈

DSC01446.jpg DSC01448.jpg DSC01447.jpg
居住マンション  近くの書店と安売り雑貨店
 中国では中央政府指定の発禁本も多く、また日本語本は高価なので
今回も「13-67」(陳 浩基著)、「炎と怒り」(マイケルウオルフ著)など10冊ほど
漬物や明太子などの日本食材とともに 愚息への土産として持参した。



中国雑技
 子供の頃から鍛え上げた肉体と熟練によって見せる体技・曲芸で
中国的サーカスとも言われる雑技には十分堪能させられた。
1000人以上も収容できる専用劇場はほぼ満席、
欧米人の旅行客が最も多く この中国独自の雑技を楽しんでいた。

DSC01489.jpg DSC01491.jpg DSC01493.jpg DSC01497.jpg


 山はすっかり遠くなった昨今、
いつもながら目を大きく見開き、耳をそばだてて歩き、
長男(Meiパパ)にフルアテンドしてもらった4日間であった。

(2018.4.5~4.8 上海を歩く   写真はクリックして拡大してください)















 














 












秩父セツブンソウ
DSC01371.jpg DSC01370.jpg   (写真はクリックして拡大してください)

 エビの尻尾や樹氷、雪女にも出遭うことなく冬が過ぎた。
雪消の水が流れる荒川の支流を遡り、秩父堂上のセツブンソウ自生地へ。

 まだ裸木林の梢を揺らす秩父おろしは 襟元に冷たいが、
枯葉を敷き詰めた傾斜地は日差しに向かって傾き、小さな真っ白の金平糖を
ばら撒いたような風情を見せていた。

DSC01365.jpg

DSC01374.jpg DSC01372.jpg DSC01385.jpg


 ふつう5枚の愕片が6~7枚のもの、8枚以上もある八重咲きのもの、
黄緑色のもの 二輪咲き などなどそれぞれに己の美を慎ましく表現していた。

DSC01380.jpg 黄緑色

DSC01378.jpg DSC01381.jpg 八重咲き

DSC01384.jpg


 「ロリコン」的と妻に揶揄されても 山里のこの小さな花が好きである。
純白のブラウスに黄と紺の刺繍を纏った楚々としたこの小花の凛とした風情に
春を感じる。
その花言葉「気品」と「人間嫌い」に共感。

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(2018.3.7 両神山山麓)





不動湯
DSC01334.jpg DSC01338.jpg  (写真はクリックして拡大してください)

 4日前の茨城・袋田の滝近くの月居温泉に引き続き、皮膚疾患に効くという
富士山麓の「不動湯」を訪ねた。
まずはブログ友人キレンゲショウマさんのレポで注目していた富士山世界遺産センターへ。
入館して初めて気付いたが「富士山世界遺産センター」は全く同名称で二つある
ということだった。
私の訪れたのは山梨県(河口湖町)の施設、キレンゲショウマさんのレポは
静岡県(富士宮市)の施設であった。

DSC01335.jpg DSC01331.jpg DSC01336.jpg

 館内では 和紙で創られたシンボルオブジェの下部空間に 富士山の誕生や
信仰の歴史が展開されていたが、自然遺産ではなく文化遺産ゆえの難しさが窺がえた。



 湯治の宿不動湯へ向かう途中、昔懐かしい忍野八海に立ち寄った。60余年ぶり。
かっての原野と野菜畑にまばらな人家が点在、素朴な風情を漂わせていたこの湧水群は
まったく見る影もないコンクリートに埋もれ、大陸からの観光客の溜り場となってしまっていた。
 伏流水のみが昔と変わらない透明度を保っていたが、その底には
無残に光る硬貨が沈んでいた。 とてもとても自然遺産には登録されそうも無い。
三島市内を流れる柿田川湧水群のバイカモを眺めて歩くほうがはるかに癒される。

DSC01344.jpg DSC01343.jpg DSC01345.jpg 忍野八海



 杓子山(1590m)に向かう凍てついた林道の中腹に 目指す「不動湯」があった。

DSC01351.jpg DSC01350.jpg 不動湯

 腐らない不動尊湧水として知られた不動水は 浴用だけでなく飲用効果も著名で
平日でもそれなりの湯治客が訪れていた。

DSC01349.jpg 治療用浴槽

 「月居温泉」と「不動湯」、いずれもこの辺鄙な湯宿では 如何に身体に良いから
と Mei親子に勧めても、なかなかその気にはならないだろうと思った。
「誰かさんのような閑人じゃないのよ」という妻のつぶやきが耳に残る。

(2018.2.9 富士山麓)










袋田の瀧
DSC01309_20180210111926e35.jpg

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和紙の里
 旧臘から年明け連休10日まで 忘年会・趣味の納会・旧交を温める集いなどで
年を締め、長男一家・次男夫婦の泊りがけの来訪・初詣・新年会と
ひと通りの楽しい行事が一段落、久々に都心へ出かける妻を最寄り駅へ送り
ひとり秩父方面へ。

 埼玉県唯一の村 東秩父村の和紙の里を訪れる。
奥武蔵の大霧山の登山口に近く、ゆずの産地でもある。
1300年の伝統を持つ日本の手漉き和紙技術が2014年、石州半紙・本美濃紙・
細川紙の三紙がユネスコ無形文化遺産に登録され、
この地の楮100%の「細川紙」も広く一般に知られるようになった。

DSC01302.jpg DSC01301.jpg 和紙の里 (写真はクリックして拡大してください)

DSC01293.jpg DSC01296.jpg 楮100%

DSC01299.jpg DSC01297.jpg 保存されている昔の「紙漉きの家」

DSC01304.jpg 和紙の切り絵(ゲルニカの模写)


 和紙には幾つかの想い出がある。
着物姿が身についていた祖母の胸から覗く懐紙入れが柄物の和紙で創られていたし、
彼女の部屋に置かれた電気行灯の張替えを手伝った時も和紙だった。
また叔父の賀状や近況報告は常に和紙であり、 触発されて若い頃私も使ってみたが、
私の文字では全く様にならず汗顔の至りであった。
いまでは老舗の湯宿から届く便りも和紙は使われていない・・・。

 我が家の在庫を補充するとともに 中学生になった孫娘Meiの好きそうな和紙の
小品を求め、帰宅。

IMG_3604.jpg photo by Meiママ











岳と花 Ⅺ
P1010345_20171209155454d79.jpg   と  2009_0303節分草0001  (写真はクリックして拡大してください)

 毎年末、その年の山行を振り返る「岳と花」も11回目。
ここ1~2年に引き続き 今年も高嶺を歩くことはなかった。
「岳と花」というタイトルなのに 「岳」行が無くなり「花」よりも「湯」の写真が
多くなってしまった。

 若い頃から山の画文集が好きだった私は、
かって年に一度くらいは己の山行を画と文で綴りたいと考えたこともあった。
が、わずかに絵心があってもキャンバスに具象化する画才の無い自分には
難しく断念、いまだに写真ブログのままとなっている。
この分野は私よりも表現力豊かな孫娘Meiに期待するのみ。


2017年 抜萃

湘南二宮の吾妻山 (1.17)
DSC00800_20171209162107976.jpg DSC00809_20171209162227ceb.jpg DSC00798_20171209162312a5f.jpg DSC00811_20171209162400be8.jpg

秩父芦ヶ久保の氷柱 (1.22)
DSC00829_20171209162639c80.jpg DSC00833_201712091627297ce.jpg DSC00834_20171209162812837.jpg DSC00832_20171209162856cd7.jpg

残雪の魚沼・坂戸山 (4.28)
DSC01033_2017120916310664c.jpg DSC01028_20171209163216772.jpg DSC01030_2017120916330429b.jpg DSC01048_20171209163350998.jpg

西伊豆・暗沢山 (6.16~17)
DSC01061_20171209164109771.jpg DSC01101_201712091642167f0.jpg DSC01091_201712091643304ef.jpg DSC01071_20171209164410169.jpg

妙高・小谷林道 (8.23~24)
DSC01134_2017120916471129a.jpg DSC01138_2017120916480522c.jpg DSC01145_201712091648561e6.jpg DSC01127_20171209164942175.jpg

栃木・大谷石採石跡 (9.22)
DSC01180_201712091651565d1.jpg DSC01169_20171209165303047.jpg DSC01171_2017120916534535b.jpg DSC01155_20171209165430a1d.jpg

青森の紅葉 (10.20~22)
DSC01241_20171209165639bdd.jpg DSC01233_20171209165753b83.jpg DSC01239_2017120916583046b.jpg DSC01229_20171209165912577.jpg
DSC01246_20171209170007f5c.jpg DSC01258_201712091701167e9.jpg DSC01262_20171209170153c04.jpg DSC01260_20171209170233a71.jpg

山梨甲府・昇仙峡 (11.8)
DSC01266_20171209170422e91.jpg DSC01267_2017120917050293a.jpg DSC01275_20171209170540ad2.jpg DSC01263_20171209170615c7b.jpg





北アルプス 想い出の峠道
 山の鞍部でも登山道上の「乘越」とは異なり、集落と集落を結ぶ
尾根越えのいにしえからの生活道であった峠。
 登山や山旅の途上で歩いた峠を 先達の山行記や炉辺話とともに
想い出すことが多くなった・・・。

ザラ峠
2007_0721薬師岳縦走0021 2007_0721薬師岳縦走0020
立山連峰の尾根越えの峠
獅子岳と五色が原の鞍部に位置する越中から信濃への2つの峠のひとつ 標高2,342m。
古くは戦国武将佐々成政の峠越えの伝説で知られ、近くは立山カルデラの崩壊がすさまじく
著名な立山温泉を廃湯にした赤ザレの崩壊壁が荒々しい。
鬼岳と獅子岳の白い雪渓を降ると 新緑の草原を拡げる五色ヶ原への鞍部に
立山カルデラの赤壁が印象的であった。(月別アーカイブ2007年8月記)
歴史ロマンの漂う峠


針ノ木峠
DSCF1518_20171209172718199.jpg DSCF1521_20171209172756938.jpg
後立山連峰の尾根越えの峠
針ノ木岳と蓮華岳の鞍部にある越中から信濃に抜けるもう一つの峠 標高2,541m。
信州側は扇沢に降る大雪渓、越中側は黒部湖へ続く石ゴロの沢路。
夜は大町の灯がきらめき、反対漆黒の針ノ木谷は星が美しかった。(2007年9月記)
白黒の対比が際立つ峠


徳本峠
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島々から上高地へ抜ける古道
霞沢岳と大滝山の鞍部に位置し 眼前に穂高の岩峰が立ちはだかる峠 標高2,140m。
W.ウェストンにはじまり釜トンネルが開通するまで 幾多の岳人に語られてきた著名な峠。
この峠から眺める穂高・明神の岩峰群と細く光る梓川の一筋が 誰しもの脳裏に刻まれる
勝地であった。(2011年9月記)
陽の移ろいを忘れ 佇みながむ峠


野麦峠
P1030017_20171209174747ce2.jpg P1030022_20171209174823901.jpg
乗鞍岳と鎌ヶ峰の鞍部に位置する古道、飛騨(高山市)と信濃(松本市)を結ぶ 標高1,672m。
「女工哀史」に語られる淋しく物悲しい峠。
この地では クマザサの実を野麦という。
ススキが初秋の風に揺れる峠の旧道は 歩く人もなく、新道を車で走り抜ける人ばかりであった。(2011年9月記)
寂しさばかりが胸に迫る峠












 

















 













吊るし柿
 立冬となると 吊るし柿の季節。
初冠雪や霧氷の高嶺で 小屋締めを控えた営業小屋での一夜を楽しみ、
下山すると 麓の集落では この絨毯が落日を浴び、金色に輝いて
いたものだった。

               DSC01263.jpg (写真はクリックして拡大してください)

 11月初めに山梨県の雁坂みち近くまで 甲州百匁(百目)柿を求めに行くのが
我家の恒例となって5年近くになる。
この甲州百匁柿、ひとつ400g~500gと大きく見栄えが良いが
渋柿故に東京周辺には出回らない。ほとんどが地元で消費されてしまうようである。

DSC00679_20171110132615641.jpg DSC00684_201711101327042ce.jpg 甲州百匁柿



 毎年、帰途は晩秋の広瀬湖や川上牧丘林道などの秋模様を車窓に楽しむが、
今年は妻も一緒だったので、昇仙峡まで足を伸ばし 奇岩の渓流を散策。

DSC01266.jpg

DSC01275.jpg DSC01268.jpg DSC01267.jpg
覚円峰                      仙娥滝

 それぞれが60年以上もの昔 この景勝地を訪れた子供の頃の話で振り返る。
往時は東京からは日帰りできる距離ではなかった。


DSC01282.jpg 100個を超える皮を剥き 熱湯にくぐらせ
                ヴェランダに吊るす

(2017.11.8 甲州百匁柿を求めて)


青森へ
 稜線に向かってのびあがるダケカンバの白木やブナの黄葉が 落陽に映えるこの季節、
旅情は北へ北へといざなう・・・。

DSC01241.jpg DSC01257.jpg 写真はクリックして拡大してください

 北の街、青森は紅葉真っ盛り。
八甲田山麓は彩々の色が弾け、綾錦の衣を拡げていた。
平野部では 刈入れの終わった田の稲わら焼の煙があちこちで立ち昇り、
真っ赤なナナカマドの街路樹を包み込んでいた。
 北の友人T氏夫妻と青森空港で待ち合わせた2泊3日の旅。

 旅の計画は 青森空港からレンタカーで
八甲田山麓ランプの宿青荷温泉(泊)~八甲田田茂萢岳~ねぶたの館(ワッラッセ)
~岩木山麓アップルロード~嶽温泉(泊)~白神ブナの森~十二湖(青池)
~三内丸山遺跡~青森空港 であったが、
最終日は 台風の影響で航空便の欠航が予想され、札幌へ帰るT氏夫妻、
羽田へ帰る我々も夜の最終便を午前に変更したため、ブナの森白神山地は
歩けなかった。

ランプの宿  青荷温泉

DSC01231.jpg DSC01239.jpg DSC01223.jpg DSC01233.jpg
                                離れに泊まる      部屋のランプ  

DSC01236.jpg IMG_3438.jpg     DSC01225.jpg DSC01229.jpg
                津軽三味線の演奏    単純泉 源泉47度掛け流し


強風のため 八甲田ロープウエイは運休、山麓の城ヶ倉渓谷を楽しむ

DSC01242.jpg DSC01241_2017102313365448d.jpg

ねぶたの館「ワ・ラッセ」で太鼓を叩き 跳ねる

DSC01245.jpg DSC01246.jpg DSC01252.jpg
遙か30年もの昔、津軽塗の下駄を買い 跳人に参加した妻も 今は太鼓を楽しむのみ


岩木山麓アップルロードで捥ぎ立ての林檎を求める

DSC01257_201710231348341bd.jpg DSC01255.jpg DSC01258.jpg


嶽温泉(マタギ飯の宿)

DSC01260.jpg DSC01261.jpg DSC01262.jpg
硫黄泉(濁り湯)源泉48度 掛け流し

 
 八甲田山麓と岩木山麓の紅葉と源泉掛け流しの湯にたっぷり浸り、
津軽三味線とねぶた囃子に耳をそばだて、林檎と山の恵みを味わった旅となった。

(2017.10.20~10.22 青森で遊ぶ     写真は拡大してください)

 妻と白神山地を歩き 岩木山に登ってから はや30年が過ぎた。最近では
3年前の秋に北八甲田の峰はひとりで歩いている。(月別アーカイブ2014年10月記載)